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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
440/493

---157/XXX--- 利するが為と明けらかす

 また――決断を迫られる。


 言うも言わぬも、そんなただ一つすら、決断。そしてそれは、自分一人が責を負うものでないが故に、震えを感じた。


「……。俺もそうやった」


 絞り出すように、ぼそりと言った。


「?」


 それでもすぐ傍の豪快な男には聞こえた。


「時間の流れが違うんや。最後に座曳を見てから、今。俺らにとってはせいぜい、数日前や。あんたの話と、下であったこと。やったら、そう考えんと辻褄つじつまが合わへん」


 少年はそうやって、当初言うつもりでなかったことを、言う決意をし、言った。


「……」


 豪快な男は沈黙する。雰囲気に陰りが見えた。がれた、演技。影が見えた。


「そうや……。浦島太郎、って言うんやったけな? 知っとる?」


 少年はそう、冷めて、冷め切って、笑顔なんて無かったかのように無表情に、冷たく、豪快な男に尋ねた。駄目押しだ。暗に、言え、と言っている。伏せていることを。言い出すことを後回しにするか、そもそも隠そうとしている、何だか不都合なことを。


 純然に好意を信じられるには、もう経過ぎた。


「……。兎に角、俺は一本の言うことを信じる。今はそれだけ覚えてくれりゃあいい。宿も用意するし、食事の世話もしよう。流石に、()()()()()()()()()した座引の仲間を、何も分からんまま放り出す気にはなれねぇからな」


 豪快な男は、少し考えて、どっしり構えて、らしく答えた。そして、


「はぁ……。俺もまだまだだな」


 そんなことを言って、頭を抱える。そして、


「単刀直入に言うと、俺はあんたらをこのまま手放したくねぇ。願ってもみないものが、勝手にやってきたんだ。一本。お前さんと、あのお譲さん、リールさんは、あの宝物庫のとびらを開けられたんだ。足元へ続く、開かずの戸を。あの下が、()()()()()()だったんだろう?」


 そう言って、先ほどの本を豪快な男は手に取って、あの走り書きのページを開いた。


「よく見てみろ。どんどん見えてくる筈だ。地獄じごくが、浮かび上がるぞ。はぁ、負けたよ。ここは俺の負けだ」


 見開きページの下部。地獄じごくかまの底のような大皿のような何か。蠢く、炎と闇のかたまりのような影。ゆらぎ、さかのぼる陽炎。それらは、人の形をしているようにも見える。そうでないようにも見える。はっきりとしない。


 だた、それらは、上を、見ているような気がするのだ。遠見。見物。まるでそんな風な雰囲気。


 それらが見ている先というのが、見開きページ中央。透明なドーム状の空間。広大なそれの、中身。無機質で、直線的で、直方体から成る、鈍灰色の金属の、街。高低差と隙間、脇道横道。平らな地面が前触れもなく開いて、い出る、二足歩行の魚人。見れば、脇道に引きり込まれる、背に多くの荷を背負った者たち。


 引っこ抜き、拾い上げ、かき集め背負い、遠くから迫ってくる、また別の、鱗が黒光りする四足方向の魚人たちから背を向けて、逃げ始めようとする者たち。


 人は、誰も彼もが、同じような恰好で、背には大きなかばんというか、箱のようなものを背負っていた。その中は、物々で詰まっている。この地で収集したものが詰まっている。


 逃げる彼らが向いている先、向かっている先。遥か頭上の大穴。垂れる、数多の、ロープ。


 登る途中の者。引きづり下ろされる者。落下していく者。しがみつかれても、足を齧り食われても必死の形相で登ろうとしている者。


 赤黒く、陰鬱いんうつとした、悲惨ひさんな絵。


 見るだけでもきついような絵。魚人がいけない。どうしても、取返しのつかないことを強く思いださせてくる。


 バタン!


 音を立てて閉じられた。豪快な男によって。


 音によって我にかえった少年。呑まれかけていたのだと、そのとき、知って、一瞬で掌の内に汗がわいた。嘘みたいに急にのどが、がらりと乾いたような気がした。


「あんなところから帰還できるだけの知恵も勇気も腕もあるお前らだ。何もこの絵の通りとは限らんだろうが、なら、この絵でそんな反応にはならねぇよ」


「……。俺らに……、何をさせたい……?」


 絞り出すように、少年は言った。あの絵によって引っ張り出された恐怖を押さえ込みながら。


「あんなに変わっていた座曳ざびき。なら、同じ船にいたっていう、座曳があんなにも、一際凄かったと評価していたお前らは、どれだけ俺の想像の上を行くんだろう?」


 豪快な男は、流れを自身に引き寄せられたことをしっかりと理解しつつ、予め用意していたであろう話の流れへと持っていく。ほんの少し、申し訳なさをのぞかせて。


 少年は、豪快な男に少しばかりだけ、感謝した。最低限のラインは踏まずにいてくれた。やり方の狡猾こうかつさはあっても、それは一方的ではない。蹂躙じゅうりんではない。


 現に、こうやって、声をそこまで荒げることもせず、向こうのリールが反応しない、耳に届かない程度の声量でやってくれているのだから。


 意図的であろうとも、偶々そうなっているだけであろうとも、ありがたかった。下でそれだけ散々、理不尽に振り回されたのだから。


(きつくても、やらんとあかんやろうな。下、か。お姉ちゃんは、置いていかんと。もう、あんなの、御免なんや。堪忍かんにんや。あんなんもう……耐えられへん……)


「話が早いようで助かる。俺の頼みはシンプルだ。下のことを解き明かしたい。できれば、下層とやらへも向かってみたい。あの絵の、地獄のかまの底みたいなところへな。ずっと知らないまあまではいられない。失ったものを取り戻さなければ。俺たちの先祖が、取りこぼしたものを。俺たちのもっと先祖で失伝した何かを。きっとある。未来が。不可能を可能にするものが。まだまだ残された記録はあるんだ。断片だが、下にはもっと失った過去の、積み上げた知識が、技術が、あるんだ。奇蹟きせきの如く物々が」


「わかった」


「そうか」


「けど、俺一人で…―」


 ガシッ。


「行かせない。一人でなんて、行かせない。絶対に」


 すぐさま後ろから。腹に響く、少し低い声で。そんなに大きな声でもない筈なのに、それは、ずしんと少年の体に響いた。振り向けば、


「お姉……ちゃん……?」


 そこにいる、怖い表情をしたリール。重くのしかかるように、まとわりつく、言後の余韻よいん。掴まれ、抑えられた左肩が、ひどく痛かった。生身の方の手でつかまれていたのに、きしむかのように、痛かった。


 少年は、思う。痛い、と言う言葉さえ出ず、動けなくなったのは――どうしてなのだろう。

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