---155/XXX--- 間に座した豪快たる男
ゴォオオオオオオオオオ――
ガララララララララララ――
飲み込まれてゆく、少年付近の貝殻の山と、その中の少年。少年は足踏みしていた。機は足元から。そう考えていた。手でかきわける意味はなく、ならば、蹴り出して、ひとっとび。上への脱出。それを伺って、冷静に、諦めず、空振る足踏みをやめなかった。
(あるはずや。固いのが。流れてくるはずや。きっとそのうち。来たら――、っ、来たっ!)
グンッ!
思いっきり、蹴り出す。それが、踏み抜かれないだけ固いと信じきって、躊躇なく。
バゥオゥンンンンン――カラッ、カラッ、ゥオウウンンンン――
勢いよく、舞い上がる。貝殻の山から突き出て、貝殻を巻き上げながら、数メートル、いや、あっさり、十数メートル、舞い上がる。自身でも考えつかなかったくらいに高く、あっさりと。
ぐあん、ぐわん、空中で回転しながら、バランスを取り、体制を整え、貝殻の山から離れるように、後ろ、つまり、内縁へ向けて、宙返りしながら、少年は着地した。詰み上がられた木箱の一つに。
すると、
ブゥオンン、ニチャィィイイイ――ブゥンンン――
木箱に空いた穴の中から、何か、しなるように目にもとまらぬ速さで、伸びて――
ザスッ!
突き刺した。少年はそれを、手にしていた、【イッポンバリウニ】の一針で貫いて止めていた。そして、真っ白だったそれはぴくつき、すぐに、力無く、垂れた。
【イッポンバリウニ】の針がその中空な構造の中に、非常に高密度で、しかも蒸発しない形で、溜めこむ、人には無害だが、大概のモンスターフィッシュにとって昏睡に片足突っ込んだ弛緩の効果をもたらす、毒。
(ギリギリ間に合うって思っとったのに、余裕で間に合ってもうた?)
少年は、針を握る自身の手と、針が刺すその先を見ながら、首を傾げる。まだ崩れる音は続いているが、もう自身はその危険の範囲外。だからか、思考の収束と集中は緩んだ。
そうしてやっと、
(何か妙に体の調子、ええなぁ。お姉ちゃんのおかげかなぁ。……、あっ、お姉ちゃん!)
放置してしまっていた、リールのことに目がいった。
後ろを向いた。
(えっ……?)
何だか、様子がおかしい。そんなことに、今更、気づいた。
(お姉ちゃん……?)
途端に不安になった。
「お……お姉ぇぇちゃぁああああああああああんんんんんんんん」
ゴォオオオオオオオ――
崩れる音背にして、周囲で起こっている他のことへの警戒を全て投げ出して、駆けだした。思わず叫びながら。そうしたのはきっと、形容できないくらいに、何か、とてつもなく、どうしようもないような気がしたから。
そうして――少年が、リールの傍に辿り着くことにはならなかった。
遮る者がいたからだ。それは、少年が警戒を投げ捨てた背後、貝殻を吸い込んでいった穴の方からだった。
バァキャァアアアアアアンンンンンンンンン!
背後後方。吹き飛んだ、貝殻の山の一角と、それを行ったであろう、何者かの力強い、片足とその裏。
残った薄い貝殻の山を開き、跳ね除ける太ましく、黒々と毛深く、太い両手。
そして、禿げ散らかした頭頂部がきらんと光りながら出てきて、そこから、太い眉と鋭い眼光、鷲のような鼻、赤黒い唇が、動き、声を発した。
「がはは。まさかぁ、本当にいる、とはなぁ」
ふとましく、しゃがれた、よく通る声が響いてきた。それと共に、セーラー服を着た、つまり、船乗りの恰好をして、その上にいかつい男が姿を現し、立っていた。
ひどく、似合っていない。
きっとそれは、セーラー服の上の、上着のせいかもしれない。上質で上品な黒の上着。それが着ている者の雰囲気と著しく相反していた。
「こりゃぁ、骨が折れそうだ、はぁぁ。かぁぁ」
唇を開いて、真っ白できれいに生え揃った力強い歯をみせながら、豪快にふぅわぁと煙でも吐くかのように息を吐いていた。臨戦態勢で身構える少年と、中央で動かないままのリールの顔を交互に伺いながら。
そして、そのいかつい男は、どしんどしんと歩きながら、少年とリールの中間辺りに立った。そして、どしり、座り込んだ。
「ちっと、話したいことがあるんだが。釣・一本、と、島野リール。お前らのことは座曳から聞いていた。ここにそのうちやってくるかも、ってな」
そのいかつい男は、少年と、リール。双方を交互に見ながら、そう言った。どちらが主導権を握っているか今一つはっきりしないから。
(話がより通じそうな、より大人に見える方は、心ここにあらずな感じで、もう片方はただのガキ。ったく、どうしたもんかねぇ、こりゃぁ。尤も――こんな場所で先ほどまで色々いじり回して目を輝かせていたようなのがタダのガキな訳無ぇし。ったく、やりずれぇわ。座曳ぃぃ……。お前からの頼みじゃなかったら、絶対関わりあいになんてなりたくなかったよ、こりゃ……)
まるで梨のつぶて。口にした言葉は、相手に耳にまるで届いていない。意味なんてなかったかのように、反応は見られないのだから。
いかつい男からしたら、わざわざ座り込んで、無防備を晒した意味も、こちらから持つ情報を先出しした意味も無く、空振りだ。
「……、おい、おいおい? 何か返事してくれや。名前出しゃそれで伝わるって聞いてたんだがなぁ」
(確かにこいつらは下から来たんだ。なら――無事な訳、無ぇってか? なら、)
「……。はぁ……。根競べでもするかい? お前らのどっちかが口を開くまで、俺はこっから動かねぇ」
いかつい男は、肩を落としたふりをしつつ、ただ、腰をしっかりと据えて座り直した。
(待つ、さ。慣れているからな)




