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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
437/493

---154/XXX--- 視野と視差と交差と隔たり

 少年は身を乗り出して、奥のモンスターフィッシュ、【イッポンバリウニ】の死骸しがいを手に取る。少年の手に引っ張られて、接地面から何か離れ、ぼとりと、残りは接地面へと戻っていった。


 邪魔するものはなく、気が向くままに、不可視な針、という奇妙なものを観察する。


(触れとんのに、見えへんっ! 俺、確かに触っとんのに、見えへん!)


 ここは屋外ではない。光は揺らがない。だから、じぃっと見ているだけではずっとそのままだ。そして、首を傾けて角度を変えて見てみると、確かにそれは、うっすらと、見える。先端へかけての鋭利が、見える。


「ふふんふんふんっ♪」


 少年はそれが気に入ったようで、飽きずにずっとそれに触れて、それを眺めて、それを指揮棒でも手にしているかのように、振り回す。


 きっと、その様子は子供らしく無邪気だった。子供らしく気まぐれだった。


 もう、先ほどまでは色々あった疑問や考えなどは、風に吹かれたちりのように跡形もない。もう、手に触れて、見ているそれだけに夢中だった。


 そんな少年を、リールは、遠くから、立ち上がることもせず、ながめていた。まぶしくて見てられないはずだった。それなのに、かれように見ていた。


(……)


 心に浮かんだものは、形容できない、もや。吸うと、苦しい、もや


 何故、そうしているのかも分からない。本来、そうやって、自分がその光景を見ている視覚なんて無いのだと心は鈍く、傷みを発しているというのに。


 単純に、遥か昔に無くした自身の無邪気さに名残を感じた、なんて単純なことではない。


 それが、苦しいとも気づかないほど、心は損耗そんもうして――だから、見ているだけなのだ。後ろに置いていかれるのだ。


 何せ、彼女にとってこれは、複雑で複雑で、こじれにこじれたことだ。外から見たら、それはとても単純だというのに。


 ただ――気づくかどうか。たったそれだけで、たったそれだけだからこそ、まだ、どう転ぶかは分からない。






 少年は、リールの方を見向きもせず、【イッポンバリウニ】の死骸しがいの一針を、棒きれでも持つようにぶんぶん振り回しながら、鼻歌交じりに更に向こうへと消えていく。


 リールは、ただ、見ていた。立ち上がって、後を追うこともできない。声をあげることもできない。泣くこともできない。呼び戻して、自分がやったことをぶちまけることも、許しを請うことも、何も、できない。何も、何も、何も。


 置いてきぼりのリールは、ただ、遥か後方から、眺めていた。


 少年はそんなリールの気も知らず、ただ、好奇心に突き動かされて、舞い上がっている。勢い衰えぬまま、猛進する。


(ざっくざくやぁ! たくさんやぁあああああっっっ!)


 視界に入る大半は、貝殻だ。大小様々。状態様々。気配のあるものほど、色濃く、その姿形を、こうやって、


 ざくっ、ざくっ、――


 少年の足に踏まれた後であっても、しっかりと残している。そして、そうやって、無防備に突っ込んでいけると少年が考えるまでもなく判断できたくらいに、そこの危険は低かった。


 時折、貝殻の中に、ぷにっとした白い柔らかなものや、刺々しくとんがっていたり、木の枝のようにたくさんに先が分岐している、柔らかいものであったり、固いものであったり、ざらざらしたものであったり、本当に色々。色々、出てくる。


 そういうものに対しては、少年は、木の枝でも持つかのように持った【イッポンバリウニ】の一針でつつくようにほじくったり、すくい上げたり。


 ぶにっとした、掌程度の大きさの、白い柔らかいものは特に何も反応は返さなかった。ぷにっとした、少年の頭程度の大きさの、青紫色の、少し白い斑点のある柔らかいものは、棒のような一針でつついたところから、赤ピンク色の煙をいた。それには、とても塩辛く、濃い、いそにおいが濃縮されていた。


 勇ましく固い、木の枝色の木の枝端にしか見えないようなものは、触れると、しなれるように、力無くその全体が垂れ、柔らかくゲル状になった。


 それは、子供らしい一人遊び。けれども、とても危険な一人遊び。それでもそんなことが少年が死なず、継続して続けられている辺りに、無邪気であろうとが、普通でない、少年の異質さがよく表れていた。きっと、今より幼い頃からもずっとこうであったことが、その手馴れている感じと躊躇ちゅうちょの無さから顕著けんちょに見て取れるのだから。


 そうやって、色々な反応を、危険を本能的に避けながら、楽しめるだけ楽しんでいる少年であった。


 少年は止まらない。まだ、奥へと、外壁、外縁へと。


 ざすっ、ざすっ、――


 外縁へ進むたびに、乱雑具合は増しているし、気配も混じり具合も、混沌としてきている。反して危険度は下がる。


 乱雑な扱いをしても大丈夫なもの。希少度の低いもの。危険度の低いもの。きっと、そういうものがまるで、ゴミ山のゴミのように転がっているのだ。


 そして、そうであろうとも、ところどころに気配ある物。つまるところ、少年にとっては、一括ひとくくりに宝の山。


 このひとときは、少年にとっての、いつものような目の前へ全身全霊だからこその至福。


 このひとときは、少女にとっての、もう掌から零れて遠く離れてしいってしまった理想。






 ゴォォオオオオオオオ――


「っ! 何やっ!」


 まるで部屋全体が揺れるような振動に、少年が声を上げ、さながら貝塚のような足元がぐわんと、ぐらつき、崩れ、少年は、埋もれる。


 ガララッ!


 リールはそれにはっとして、動き出そうとぴくんとなって、それでも足は動かなくて、そうして、その目は虚ろに光を失っていって、かくんと、首をうなだれる。


 ガラッ!


「ぶっ! っ、んん? んんん?」


 勢いよく、貝殻の山から顔を突き出した少年は、何かに気づいたらしい。一点方向を見て、疑問か感嘆の声をあげて、先ほどまでの跳ねまわりっぷりが嘘みたいに引いていって、黙って、冷静になったのか、睨むように、その方向を見ている。


 一点。


 リールからは見えていない。しかし、少年のいる位置からはそれが見えている。少年の埋まっている位置の更に前方。


 貝殻の山が崩れて、沈んでいって、出ていっている、そんな箇所が、ある。砂が流れていくかのような勢いで、雑多な、貝殻を主としたそれらが流れて、出て、いっている。


 少年のいる辺りも、その流れに徐々に、引っ張られ始める。


(これは、上手いこと動かんと)


 少年はそうなり始めたから、伺う。流れができたのなら、首から下が埋まっていようが、一気に抜け出せるタイミングはあるだろうと。しかし、それはきっと、低い頻度。失敗したら、完全に埋もれて、流れてゆくだけになりそうだったから。


 少年はそんなであったら、あろうことか、リールは動かない。見えていない。映っていない。認識がない。意識がない。目を開いたまま、虚ろに沈んでいた。もう、彼女はだた、壊れていないだけで、今にも崩れそうだった。離れて、少年をその周囲ごと飲み込んでいく何だかのうろと同じように。心の形残さず、崩れてしまいそうだった。動かないのではなく、動けなかった。


 そして、哀しいかな。少年には今、リールのことが算段に入っていない。少年の単純な頭は、だからこそ、無慈悲に除いて考えていた。


 この場であてにならない、数える対象でないもの。


 そこにリールは当て嵌まってしまっていた。どうしようもなく。

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