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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
435/493

---152/XXX--- 宙釣り浮上する透明な籠

 やがて、泣き止んだリール。泣き止ませたのは少年ではなく、泣き疲れたことによる疲労と、時の経過だった。どれ位時間が流れたのか。意識もしていなかったのだから、そこに体感は無い。分かりようもなかった。


 ひざを曲げて抱えて座り込んだリールは、そばの、未だ目を覚まさない少年を見つめる。


 そこには、いつもであれば感じられるような、少年に対する愛らしさや、愛おしさがまるで無かった。ほんわりとした温かな空気ではなく、冷たく、どうしようもなく息苦しいような空気がそこには漂う。


(あれ……私がつけた……のね……)


 少年の首筋にくっきりと付いた、圧迫のあとを見つめて。


(とうとう、やってしまった……。いつかこうなる。私はそういう家計の女。けれど、私は違う。そう思っていた。いたかった。けれども、時々感じてた。ポンちゃんをでるよりも、その手を握るよりも、抱きしめるよりも、首に鎖を付けて、部屋に閉じ込めて、私だけを見ていて欲しいって。私の耳にしたいことだけ言って、いつも従順で、思い通りで……)


 ゆっくりと無意識に手を伸ばして、


(きっと、時々、そんな夢を見てた。ほんとうにうっすらだけど、


けど、あぁ……、違うんだわ。時々なんか、じゃない……。こうやって、思い返せるんだから、私はきっと、そんな夢を何度も何度も見てい……)


 でようとしていたことに気づいて、


(……)


 寸前で手が止まって、震えて、寒くなって、怖くなって、少年の方を見たまま、罪悪に、心底震えた。


 見えている、自身と少年のその向こう。数メートル離れて、それは在る。その目に見える質感が、更に心をえぐる。


 それは、透明な、かご。黒くどんよりとした海色によって、それは揺らぐようにその透明である筈の姿を見せる。


 まるで、円筒状の鳥籠とりかごのようなそれの大きさは、自身と少年が、丸まれば入る程度に大きい。


 かごとびらは開いている。まるで、誘うかのように。籠の頂からは、何か、上へ、細い真っすぐとしたものが伸びているように見える。


 それはまさしく、出口に見えた。


 だというのに、心は安らがない。あれだけ求め、求め、やまなかった出口なのに。


 そのかごの透明さは、ここに降りてきたときの、透明な立方のはこを想起させる。思い出させて欲しくも無いもの。


 まるで、おあつえ向けに、わざわざその素材で用意されたのようであるというのに、それにすら、苛立いらだちや激情は浮かびはしないのだ。


 それだけ消耗しきっている。消沈しきっている。もう、そのまま消え行ってしまいそうなくらいに。


 リールは立ち上がる。力無い足取りで、ふらつきながら、何度か崩れながらも、漸く、立って、震える足で、それでも、進む。


 一歩が重い。二歩が、果て無く沈む心地。


 足元には少年。息はある。小さくだが、ある。生きて、いる。少年のシャツを下からまくし上げる。確認する。腹部からみぞおちにかけて、赤みかかった少しの腫れ。青黒く痛めてはいない。つまるところ、重症人ということではない。


 殺してしまってはいない。助けられず、結果的に殺してしまったことになるかもしれないということも、一先ずは遠のく。


「……っ……、せめて、還さないと。せめて、それだけでも……」


 もうその資格は無いのだと名前を、呼べない。自身の為となってしまうと分かってしまい、謝れない。


(帰ろう。もう、一緒には、いられない……。いる……資格なんて……ない……。一緒に居続けたなら、いつか許して貰えて、いつか、もっと大事になって、きっといつか、愛おしくて、愛おしくて、欲しくて、欲しくて、欲しくて――)


 抱え上げる。あっけない位に軽い。軽くなっていた。気づけば、そのほほすすけていた。限界に、消耗していた。多くの血肉を熱と散らすくらいに。


(だから、これが最後)


 リールはだから、それを少年との最後の愛おしい温もりにするのだと、固く、誓う。


 少年を抱え、リールは、かごに入る。外側から包み込むかのように、丸まって、抱え込んで、かごとびらを、閉める。


 身に触れる、かごの透明格子は、冬の海の水のように、冷たかった。腹側は温かなのに、背側は冷たくて、寒さに震えそうになる。


 いつもこうしたら感じられたであろう、心の底からも感じる暖かさなんて、微塵も、無い。心は冷たく、寒く、寒く、少年の体温に触れる程に、凍り、割れ、血に鬱する。


 ぐらん。


 ツゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――


 揺れながら、上昇が始まる。空に向けて歩くような速さで、地面がどんどん遠くなってゆく。糸で引っ張られているかのように、ぐらん、ぐらん、小さく揺れる。


 そんな中、ただ、見下ろす。包むように覆った少年の上から、遠くなった地面を見下ろしていると、見えた。


【己を高め、またのお越しを】


 少し周囲より色が濃く、黒く、見えたそれ。一連の出来事が、人為によるものであることの証明。その文字に、心は、動かなかった。


 ただ、胸元に、


(私はいつか――執着か、巻き添えで、)


 罪を感じて、それでも愛しいものなのだからと、愛していたいのだからと、強く強く、感じ、感じて――


(……、……。()()、殺してしまう……わ……)


 ()()()、一つ、捨てた。確かに、捨てた。それは手始め。未来、自らの手で握りしめて、壊してしまわないように。


 呼称を禁じ、固く、固く、独り、誓った。


 独り抱え、独り決める。誰といても、結局、そう。それが彼女であって。それ故にどうしようもなく、こじれてゆく。それは、彼女にとっていつも通りの諦念ていねんだった。


 糸は揺れ、たた粛々《しゅくしゅく》と、二人を引き上げて、やがて――ドームの舞台の演者の全ては、はけた。

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