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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻

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434/493

---151/XXX--- 時址の灰の演目 ~断絶閉幕 鐘は骸に死を思い出させる~

 亡者の彫像たちの手が迫る。


 ふらり、ふらり、と、不安定に、鈍重に幾重にそれらは空を切る。


 リールは動かない。固まったかのように動かない。絶望したかのように、あきらめているのか、指先すら動かない。彼女の体の中で辛うじて動いているように見えたのは、冷たく乾いた風が揺らす髪だけだった。


 少年は動かない。気を失っている。目を閉じて、口は力無く閉じている。


 もう、終わりを待つばかり。


 そう思われたところで事は起こる。


 カコォンン! カコォォンンンンンンンンン!


 何処からともなく聞こえてきた鐘の音。それと共に、


 フゥゥオゥウウウウウウウ――


 風は強く吹き始め、砂礫されきを舞い上がるかのように、大気に灰黒色が散りばめられる。


 カコォンン! ガコォオンンンンン! カコォォンンン!


 かね。その音も頻度ひんども大きくなってゆく。


ブゥオゥウウウウウ、ビィュウウウオオオンンンンン――

 

 風は更に強まって、周囲一帯砂嵐となっているのに、それでも響く鐘の音に陰りは見られない。それどころか、その音をより大きくしていく。


 巨大な鐘楼が揺れるような音だ。それが、幾重にも重なるような。数並んだそれらが、変わる変わる、音が消える前に、次の鐘楼の発した音が重なるかのような。


 ガコォオンンン! ガコォンンン! ガコォオンンンンンン!


 そして――不意に鐘に音は止む。それと共に、風も止む。砂嵐も止む。


 スオゥ、スゥ、サゥ、ススッ、――


 未だ砂が、辺り一帯を弾幕のように覆っている中、足音が一つ。他に物音は無い。


 ズスッ。


 足音が止まる。


「未だ、至るにはいささかか足りぬ、か。しかし、最低水準はゆうに越えている。現に、惜しいところではあった。だからこそ、次に期待、というところか。この者たちに次があれば、だが」


 低く鈍い声。老人という程ではないが、相応に年を経ているかのような、しわがれた声はそうつぶやいた。


 灰色砂の弾幕故に、その姿は定かではない。


 ススッ、スォウ、スゥゥ、スッ、サスッ、ザスッ、サスッ、スゥゥ、――


 再び始まった足音は、十歩を越える頃には消えていた。


 舞っていた砂の大半が落ちた。露わになったそこには、声の主の姿は無かった。あの石の死者たちの影も形もない。それどころか、街の姿すらない。


 残骸ざんがいすらない。唯、灰色のガラス質な平らで果て無い地面と、透けた灰色大気に青が混じり、地面側面以外の消失点までひたすら広がっている。


 先ほどまでとは違って、白い光は空になく、深海のように、青白く、薄暗い。


 少年とリールはそこに在った。


 少年は砂嵐の前のまま。リールは、気を失い倒れている。少年をかばう様子でもなく。その手は少年を掴んではいない。


 ()()()()()()()()()。そうやって二人近い距離で地に伏しているだけだ。






 中心。


 そう。中心。ここは、この地の中心だ。この巨大なドームの。幻想をまるでそこに在るかのように錯覚させるような機能を持った巨大なドームの。


 大仕掛けの連続駆動で、主だった電源は落ちた。落とされた。そうして齎された閉幕。残された、舞台装置の消えた舞台の上。


 なら、残る演者は?


 そう。退場の時間だ。


 これは、彼らにとって失敗であろうと、確かに閉幕の一つであるのだから。


 より深くへ、より真へ迫る資格は得られなかった。だから、返される。返る。帰る。選択肢せんたくしついえた。そして、今、至らなかった二人を、決して彼らは配慮はいりょしない。


 本来、二択の片割れとして用意させた選択肢。彼らにとって望ましいもう一方を選ばせる為のもう一方であった筈のそれだけが残った。


 彼らが望ましいとしていたのは、二人が二度目の踏破、偶然ではない二度目をその身で示してみせること。それは潰えた。


 落第点ではなかったが、及第点ではなかった。後、一歩、いや、少なくとも二歩は足りなかった。


 だから彼らは強要する。引き返しを強要する。移動の対価を彼らは払わなければならない。内と外の圧の違い。内と外の流れの速さの違い。


 本来、引き返しを選択するならば、明かされたであろう代価。それは二人に明かされない。しかし、何れ分かることだ。その身を以て、至らなかった代償を、二人は払わされる。


 望まない形の、代価を。


 傷が、痛みが、彼らを襲う。


 そのための――目覚めの時――


(……、……。地獄、よね、きっと。あったのね、そんなもの……)


 生の実感薄いが為に、薄く、浮上した意識。そうして、リールは目を覚ます。


 ゴォォォォォォォォ――


 腹の奥まで響くように、低い。地の底から響いているかのような、音。激しくも、大きくもないのに、それはずっしりと響いてくる。絶え間なく、響いてくる。


 リールはゆっくりと体を起こそうとして、


 ガスッ。


 生身の左足の先に触れた感覚。


「っ…! ……」


 その先に在った少年の頭部。髪。リールの口からは、いつもの愛称すら、口に出なかった。心の中がどんより泥色であることをいたく感じずにはいられなかった。


 自業自得なのに、苦しくて、苦しくて、たまらなかった。


「ぅぅ……」


 声を殺して、ずるく、泣いた。

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