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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
433/493

---150/XXX--- 時址の灰の演目 ~埃積の家・急 後編~

 彼女が普段であれば、理性で押さえている、()()


 彼女が持ち、彼女が少年に見せなかった、狡くて、汚くて――、彼女が後継者として指名された何よりの理由。


 心にのばす、支配の触手。その使い手たる資質。


 素の彼女の、抑え無し、思い通り、躊躇ちゅうちょない行動それそのものが、その場そのときの対象への支配の最適解を結ぶ。


 彼女の望まざる、知らざる、本質の一。


 彼女という乙女の理想、可愛く無垢むくな、()()()()()()()()()な、都合のよいもの。


 そのまま、


 ズゥゥゥゥゥゥ――


 ぴちゃん、トッ、トッ、トッ、トッ、――


 引きってゆく。少女の像に目も向けず、その横を通って少年を引きりながら、その横を通り過ぎて――


 フゥオゥゥ、グゥン!


 後ろ手捕まれた、音が、した。()()()な、音が。


 咄嗟とっさでもない、普通な振り向きの動作で、リールは自然と首を後ろへ――


 ブゥオウッ!






 響いた、風の音。


 目に入ったほこり


 つぶった目。十分な睫毛の密度もあり、またたきのようにすぐさま開いた目。


 もう、そこは、家の中では無かった。


 ゥオン。

 ゥオン。ゥオン。ゥオン。

 ゥオン。ゥオン。ゥオン。ゥオン。ゥオン。ゥオン。――ゥオン。ゥオン。


 現れた。


 黒煙のような雲を含んだ、灰色の空の下。数百の数。通りや、家々の窓の先。見渡す限りを埋めるように、それらは現れた。


 何処までも精密緻密に作られた等身大の全身像。


 頭毛もない剥き出し裸体の老若男女の喜怒哀楽の人間の形をそれらはしていた。


 それと共に、見えていた家々が。路面が、急に劣化するかのように、ぼろぼろと崩れる。罅割ひびわれる。音もなく。


 それらは時に半壊した石造りの建物であった。それは時に藁葺わらぶき屋根の残骸ざんがいであった。人間の形をした石だけが、変化することなくそのままだった。それらの目に、光は、無い。


 外は外ではあったが、明らかに違った光景。


 先ほどまでとは家々のいくつかは建て替わったかのように遷移せんいし、そしてそれらが、そのまま手入れもされず長い月日が経過したように劣化したかのような。


 きっと、それが本当。


 虚影の下にあったのは、きっと、これら。


 覆い隠していたのは、先にある終わり。そして、それは、くくりに入ったのだ。


 隠れていたそれらがあらわになって。強く浮かぶ印象。なぜなら、それらのなげきが、聞こえもしないはずのそれらが、それらの残した嘆きの一瞬を固めのこしたような形から伝わってくる。


 視覚の情報が、集めてきた情報を裏切るかのように移り変わって、そんな非現実に、思考が喚起される。リールはそれを鮮明に感受し始め、視界が、世界が、歪むように感じ始めたことによって、自意識という現実に引き戻される。


 そして、どす黒く、心が泥に沈むような錯覚すら感じて、足はもう泥にとられていて、沈み始めていた。


 ここはもう、終わった世界。そして、陰鬱いんうつな過去があった世界。過ぎ去った過去の形象って残しただけの、唯の墓標。



「……。…………。………………。何、よ」


 視界の狭窄きょうさくは、集中は、切れる。人一人分まで絞られえいた視野は、普段平静の彼女通りの、広角遠望な視野に変わる。


 広く、広く、入ってくる。


 より強く、意識して、認識してしまう。目の前の状況を。


「ポンちゃ…―っ!」


 気づく。気づいてしまう。自身の生身左手がつかんだままにしているものの感覚。ああ、そこに、いるのだ、と。どうしてそんなことになったかの理由は、先ほどまでの何故どうしてそんなことをしてしまったのか分からないのに、確かに自身の記憶として再生された、先ほどの自身の少年に行った行為。


 引きっているままの少年の方を見ることもできず、ただ、何だか形容しがたい何かが溢れてきて、怖くなった。


「なん……で……」


 ぼそり。震えながら言葉にしたそれは、ひどく無責任だった。そうして、


 バタリ。


 背後の崩れ落ちる音の先を、相変わらず見ることもできず、自身も遅れて、


 かくん。


 力抜けるようにひざをつく。


「こんなもの……。こんなもの……。……。…………。………………」


 何に対してそう言っているのかすら、今の彼女の中でははっきりしてはいない。そうやって、沈黙して、やがて、助けを求めるように、前方を見渡して、


「何で……。何で、そんな目で見るの……。そんな目で、見ないでよ……。もう……どうしようも……ないじゃない……」


 意思疎通できる筈もないそれらのうごめき動く、亡者もうじゃ彫像ちょうぞうたち、過去の終わったものたちに、無意味ということすらもう分からずに、涙流して、訴える。けれども、墓標と処されたかのように灰白色に無機質な彼ら。彼女の言葉を認識することは永遠に無い彼ら。どう足掻いても、彼女の言葉は意味どころかその音すら届かない。


 そうして、


 ぶぅん、


 両膝りょうひざをついたままの彼女がその場で振りかざした両手。


 ドゴォオオンンンンンンンンゥウウウウウアアアアアンンンン!


 叩きつけた両手。


 そうして、そうしたまま、彼女は首をうなだれたまま、動かない。


 砕けた地面。それに反応して、小さく竦むように、前進しようとした動きを止めた亡者たち。あつらえ向けな雨なんて降っていないのに、その場の彼女は、あつらえ向きに、足を止めて、行き詰まった。

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