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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
430/493

---147/XXX--- 時址の灰の演目 ~潮目の静寂~

(何がしたいんや……)


 少年は苦悩する。苛立いらだちと、き立つような苦さに心をなぞられ、そのあとに鈍痛するかのように。


 ある訳のない、幻痛。だからそれは、疑い、考え、手探らずにいられない故の痛み。


 一連の流れ。それらの中に走る、曖昧あいまいなメッセージ? うったえ? しつこくまとわりつくかのよう。


 逃げられない。逃げられはしない。囚われているのだから。幻の廃都に。その絡繰からくりも意図も分からぬうちは。


(お姉ちゃんは……、)


目の端で、ちらり、後方のリールの顔をうかがう。


(……。大丈夫……な()()やんか……。あかん。このままやったら、()()……)


 自身の挺身ていしんろくに役に立たなかったことを確かめるに終わった。止まってなんていられない。自分たちが止まってみても、この作られた、まとわりつく周囲は次の悪意をと蠢《う

ごめ》くことを止めないだろうから。


 リールの表情からは疲れが見えていた。その下に、少しばかり少年はすくい取った。悲嘆と、哀憐あいれんを小さく、小さく、表情は暗く、影を落として、それはすっとなりを潜めた。


 努めているのだ。抑え込んでいるのだ。不安を。先ほど自分のことを構ってくれていたのは、無理をしていたのだと少年はいたく感じた。


 そうして、想像していまう。状況の悪化を。街の外。リールの正気が崩れたあのさまを思い出す。


 張りつめ続けた気。叩かれ続けた気。気。気。気。どれだけ元来その性根がしなやかでも、何度も何度も曲げられては、型も付く。心がその弾力で自然と立ち直る速度よりも、外から掛けられる力も頻度も、圧して多い。


 リールだけでなく、


(ほんで――俺もきっと、そうなんや……)


 きっと、そう、自身も保たない。


 しかし、そんな時だからこそ、少年は焦りで走り出したい気を抑えた。暴れ乱れようとするガキの地団駄のような自身の弱気を抑えた。


 気を張った。


 見得ではなくて。ただ――無事、ここをリールと二人で出る為に。


 後方の気配の変化と挙動に気を張りながら、少年は、目の前の謎を見た。


 これまで見てきたのとは違う部屋。意味深であるが、今のところ何も起こらない部屋。ほこりは被っているとはいえ、他とは違ってそれが比べものにならないくらいに薄い部屋。


 ほこりを払うことせずとも、壁も床も、見えている。


 とはいえ、薄暗い部屋。窓の無い部屋。明かりは無い。だというのに、真っ暗ではない。


 石と成り果てた、その白磁の少女が、その身体からかすかに、白く光を放っているように見える。そんなはかなげな光源が、部屋に書かれた()()()を浮かび上がらせる。


 少年の立つ位置から見える、白磁の少女を越えて向こう側。部屋の奥のかべ。扉が無くなることによって生じた縦長長方形の枠から見える範囲の、左端から右端へと、横に数本。ところどころ、途切れたりしながらであるが、幾本の帯のように、線が走っているように見える。それらの色は、赤茶色や赤黒色をしている。


 それは、遠目には線に見せているが、決して線ではない。少年はその視力故に、部屋の外から、それを、目に捉えていた。


 それは、文字。赤茶色、赤黒色で、書かれた文字。まだうす埃立ほこりだっている上、うすぐら暗いはずのその窓のないらしい室内のそれが、どうしてか、際立って浮かんで見えていた。


 ものの数分の時間の経過。そうして、何も起こらない。それ故に様子見は終わり、少年はそれをより近くで見ようと、動き出そうとする。と、


 コトン、コトン、


 後方かの物音。それは規則的で、乱れは無かった。


 だから少年は慌てて後ろを向いて、向かっていって、止めようとはしなかった。それは先ほど踏み留まれなかった過ち。だから今度は止めなかった。


 コトン、コトン、


 声は掛けない。待ちもしない。


 少年も、


 コッコッ、カッ、コッ、


 歩き出す。ほんの少しだけ早く、自身がその部屋に踏み入れるように。


 そうして、やはり少年が思った通り、少年の隣まで到達したリールは少年に声を掛けなかった。立ち止まりもしなかった。そのまま、横を通り過ぎていく。ほんの一歩先に、部屋の入口から一歩踏み出して中にいた少年の横を。離れるように、至極自然な足取りで、部屋の中、左方へ。


 少年は壁に沿って、入口から右周りへと、順路とすることにし、ゆっくり進んでいった。






 リールと少年は、各々に部屋を探索する。


 共に慌てなかったのは、これまでを踏まえて自然とそうなっただけのこと。


 リールの動きは迂闊うかつな先走りになってもおかしくないものであったが、どうやら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 運よく、何事も起こらず静かなまま。そう。運よく。運が悪い方に少しでも傾いていればどうなっていたか。


 だから、張りつめていた。少年だけでなく、リールもまた。


 反芻はんすうするように、少年もリールも、各々、同じことを何度も何度も、手探りに考察する。


 ここの出口と、至る方法。そのためにきっとまず見つけ出さなければならない、相手の意図。考えるべきことだ。脇に追いやっていてはいけないものだ。きっと、放置していれば、分からない何かが、見落とした何かが、背後からい寄る。


 静けさ。こうも言うではないか。嵐の前の静けさ、と。


 今回のこれも、ある意味それの一例と言える。次に起こる何か。それがいつ、だなんてわかりようもない。それでも、方向性くらいは分かるはずだ、と。


 それでもできることはある。わずかだが、ある。そんな微かな何かが、明暗を分けるなんてことはありふれたことだ。だからこそ二人は、せめてもと、すぐさま気づいてすぐさま動けるよう、身構え、心構えることをやめない。


 警戒の中心は、やはり、それ。


 かの、白磁の石となった少女。


 あのとき、それに、リールの拳は触れなかった。かすりもしなかった。しかし、少しでもそれていれば、捉えて、砕いていてもおかしくはなかった。そうでなくとも、如何にも何かあるという感じのその部屋の、とびらを破損させたことが、次の現象への導火線になっていてもおかしくはなかった。


 ただ、幸いにも、今のところ、何も起こっていない。


 結果論でしかない。


 唯の杞憂か、唯の幸運か。


 何れにせよ、終わったこと、として、少年はそのことを責めるつもりはかった。


 結果論。


 だからこそ、致命的に悪く転びさえしなければ、それで終わりな話なのだ。


 リールも別に、自身が前のめりに行動したこと自体は悔いてはいない。分かる訳がないものを、それでも事前に察知できていなければならなかった、だなんて思い詰めたりなんてしない。それがどれだけ無意味で、それどころか、害にすらなることをよく、知っているから。


 運に恵まれ、猶予ゆうよができた。部屋に入る前に、部屋の中の様子をうかがい知る機会に恵まれた。そんな結果として、受け入れている。


 唯の結果論。けれども、形となり起こった事実は、こちらから見間違えない限り、見誤らない限り、うそぶかない。


 事実は事実。それを重要視し過ぎても、軽視し過ぎてもいけない。二人は、そんな考えを息をするかのように当たり前のものとして持っている。


 なら、当然のように、二人は、見に回る。モンスターフィッシャーにとって、観察というのは、息を吸うかの如く、自然な行為。当然、少年とリールも、そう。それが許されるときならば、当然のようにそうする。


 そして、当然のことを、当然のように、普段通り行える状態になっているということは、それだけ二人が地に足ついて、安定してきた、ということである。


 だからこそ、二人は、警戒を心に抱きつつも、今度は崩れることはなく、冷静だった。怒りを抱いて、哀しみを抱いて、冷静、だった。


 渦巻く静かな怒り。向ける先は、姿見せぬ、確かな誰か。

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