第四十二話 束の間
緑青が正式な俺のパートナーとなり、俺はモンスターフィッシャーになるという夢を叶えた。数年間の間に俺たちはめきめきと実力を伸ばし、船員たちの入れ替わりもあり、俺が船長に、あいつが副船長になった。それが、三年前の話だ。
俺たちは浮かれていたんだろうな、きっと。みんなから認められるようになり、モンスターフィッシャーとしても有名になってよ。
そんな時のことだ。俺とあいつは、休暇中にちょっとした遠出をした。その時も、北極付近を中心に活動しててな。拠点とした町に船を停泊させて、船団は長い休みを取った。長旅の連続だったからな。数ヶ月の長さの休みを取ったのさ。これは俺の中でも最長だった。
俺たち以外の船員たちも大いに羽を伸ばした。俺たちは、二人だけである島へと向かった。それは、俺たちが出会ったあの島だ。小舟を借りて二人で島まで漕いで行ったんだ。
そこで俺たちは二人っきりで話をした。出会ってからそれまでのこととかな。また、お互いに話したことのなかったことを言い合ったり。まあ、緑青は記憶喪失だったからひたすら俺の話を聞かせるだけになったがな。あいつは俺のしょうもない話をずっと横で聞いてくれていた。楽しかったよ、本当に。
俺が生まれたところ、どのように暮らしてきたか、旅団に入った理由など、俺の歴史を中心に語った。その合間に、趣味や、好きなこと、色恋、将来の目標とか、色々な。
海岸で、打ち寄せる波を見ながら、俺たち二人は並んで座っていたんだ。お山座りでな。
で、あいつも話し始めた。どうやら俺にこれまで言ってなかったことがあるらしい。もしかして記憶が戻ったのかと、俺は思っていたが色々予想外なことを言われた。
「ねえ、カイト。君は気づいてるかい? 僕が女だってこと。」
重い一言。緑青からかなりの重圧を感じた。
「……、すまんもう一回、こっちを見て言ってくれ。」
俺はとんでもないことを聞いた気がしたよ。気のせいであってほしいと思って、そう俺は理解するのを先延ばしにした。
「だからね、女なんだよ、僕は。女。分かったかい?」
笑顔で俺の顔を覗きこんでる緑青。俺は冷や汗が止まらない。混乱した頭で必死に考える。
俺はこれまで勘違いしていたのだ。こいつには女らしさはなかった。言われて見れば、顔は整っているし、体付きもそれっぽい気がしてきた。凹凸は乏しいが。だが、俺はずっとこいつ男だと思ってたんだよ。
『僕って言葉遣いからして、男だろ、普通は。いや、でもなんか定期的に調子悪くなったり不機嫌になったりしてたよな……。それに、着替えのときは別々だったし、風呂もいっしょに入ったことなかったな……。』
『あ、これ俺が悪いわ。だから、元船長が船団から抜けるとき、あんなこと言ってたのか。お前は緑青のことどう思ってるんだ、とか。最高の相棒だと俺は答えたのに、元船長頭抱えてたからな……。』
「すまん、俺が悪かった。もう勘弁してくれ……。」
俺は素直に謝ることにしたのさ。考えてみろよ。全面的に俺が悪いじゃねえか、これ。ボウズも覚えておけよ。悪いと思ったら素直に謝っとけ、特に自分にだけよくしてくれる女にはな。
「わかったよ、許そう、君を。その代わり――」
こうして、俺と緑青は恋人となった。こいつを女として俺は見るようになった。それが、前にお前に話した場面の一週間前の話だ。
それから俺たちは、その島でしばらくキャンプ生活をすることにしたんだ。一度船を停めてある町まで戻って準備を整えてな。
テントと樽に入れた水、着替え、釣竿だけ用意してよ、後は現地調達だ。で、一日中釣りして、夜になったら隣で語り合って、触れ合って。そんな生活を続けてたのさ。
どう言えばいいか、今でもはっきりとは分からねえ。ただ、"安らぎ"というものが何なのかを俺はそのとき初めて知ったんだと思う。人と居ること。それが、心の奥底から俺を安心させてくれたんだ。
そうだな、お互いが全てを曝け出せる、それがどれだけ素晴らしいことかを俺は知ったんだ、きっと。自身を偽り、ごまかし、生きていくのはつらい。だがそうしなくては生きていけない。だから、誰かにそれを曝け出したかったのさ、きっとよ。お前もそういうとこあるから分かるだろ、きっと。
俺はその時まで、人というのを余り信じていなかった。俺の場合、捨て子だったという理由でだ。こんな話で横道に逸れるのはやめだ。すまんな。
そうして、とうとう七日目、最後の日、別れの日が訪れた。丁度、今みたいな夕方だ。島の西端。崖になっていたそこは、比較的大きな魚が連れる場所だった。そこで俺たちは夕飯を釣っていたところだったんだ。




