---146/XXX--- 時址の灰の演目 ~埃積の家・破~
「あら? 突き抜けちゃったわね」
拳を扉に突き刺したまま、少年の方を振り返り、そう言ったリール。再び前を向き、扉を突き抜けた先の拳を開き、両足を前後に開き、腰を落とす。そして、
バァグゥゥン、ミシッ、ミキミキッ、バガァァンンンン!
引っ張り、扉ごと引き抜いた。次の瞬間、
ブゥオウウッ、ムゥワァァァーー
風圧と共に埃が舞う。
リールはあっという間に埃の弾幕に包まれ、目を瞑る。
後方にいた少年の方までそれは飛んできたが、少年は目を瞑らず、少し俯き気味になることでそれをやり過ごす。リールが埃で見えなくなるのを視認した直後、軽く目を瞑って、自身の方まで飛んできた埃の風を、凌ぐ。
リールは感じる風圧が弱くなるのを感じ、薄く少しずつ、目を開く。
そして、徐々に薄くなってゆく埃の先に何があるのかが分かるのを、二人は、待つ。
(一体、何があるんやろうか?)
(どうか、悲惨な何かじゃありませんように)
そして――それが姿を現わす。
少年が一足早くそれを視認した。
まるで、もいだ扉を盾みたいに持っている(持って、いるではなく手を、もいだ扉に貫いたままにしているだけである)リールの後ろからであるから、全容が見えた訳では決してない。ない。が、もう、それだけで、判断するに十分だった。自身の想像した、悪い側に入る光景が、そこには広がっている、と。
「っ! ……」
ギリリッ。
(また……こういうやつかぁぁぁぁっっっ!)
そんな、切迫したように殺した少年の悪い意味での驚きの声。そして、沈黙と、歯を軋る音。
リールは、それを耳にするや否や、
(嘘っ……! 見誤った……? でも、危険は…―いや! この、ポンちゃんの反応っ!)
義手に通したままの、もいだ扉を
カコンッ!
その下側を、引き気味に地面に押し付けるように、挿したままの義手で押さえ置き、
ブゥン、
膝で、
バキィィン!
蹴り割った。そうして、リールは、少年の声の理由を知った。
「っ! ……」
まだ薄く埃舞う視界の中、流れて、落ちてゆく、埃の合間に、リールはそれを視認した。リールは目を見開いて硬直し、哀しそうな表情になった。
少年は、いつの間にかリールの前方にいて、背を向けたまま、リールの部屋への進行を妨げるように右手を出して、立っている。
リールには、少年の遮る手の先にある光景よりも、少年がそうしていることそのことが心にきていた。
(ポン……ちゃん。それ……。駄目ね、私は……。本当に、駄目、だわ……。それは、私の役目よ……。私がしなければいけないこと……。苦しむのはお姉さんな私であるべきなの……。……。そっか……。そうよね……今更ね……。私が頼りないから……。ここまでずっと、情けなくて、頼りなくて、みっともなかったから……、私は、涙を見せるくらい弱っている筈のポンちゃんに、空元気のポンちゃんに、こんなことをさせてしまっているのね……)
背中越しに見えて、分かった。震えている。その背は、震えている。恐怖によるものではない。怒りと哀しみによるものであることは回り込んでその顔を見るまでもなく分かった。
(やめて、すら、私には言えない……。言う視覚なんて、ないんだから……)
少年は感じていた。背中からの視線を。リールが見ているのは、自分の先ではなく、自分の背中だ、と。
(クッションにはなれた……んかな……)
そうやって、少年とリールは二人して動かず、沈黙することとなった。
埃の煙が、止んだ。
風の通りが無い屋内であるが故に、それには数秒で終わるものではなかった。しかも、埃は積もりに積もっていたのだから、数十秒を要した。
そして、二人は、視界に映った、その先にある部屋の光景を、もうそういうものとして受け入れざるを得なくなった。
リールによって、貫かれ、もがれた扉のあったすぐ先。その部屋の入口から僅か数センチ。それが砕かれることにならなかったのは、それが、リールの放たれた拳から、右へ、逸れた位置にあったから。
そこには、絶望を浮かべ、膝をつき、扉の部屋側面の取っ手があったであろう位置に向かって助けを求めるように手を伸ばそうとして、そのまま固まって石になったかのような白磁の少女が、在った。
異様に完成度の高い彫刻。
そんな言い逃れような現実逃避はもう、できはしない。
そのことをもう二人は知っている。この街や、至るまでの道で見知った。そして、ここ自体にも痕跡は残されていた。
それは、そんな形でそんな一瞬の時に閉じ込められるかのように固められてしまった、とある、人の末路。
そんな末路が、役割を強制されて動いていることすら、二人は見てきた。それが遺した言葉。その中で、一際強く残る、とある文言。呪縛のように纏わりついている。
『石の奴隷』
このように、今この時に、目の前に在る、ということは――




