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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
426/493

---143/XXX--- 時址の灰の演目 ~寓意の絵・背~

「……」


 少年は、絵を見ているようで、心ここにあらず、だった。想い出の中の祖父の声。ただ、浸っていた。


 そんなときに不意に、


「ポンちゃん」


 現実に引き戻される。


「っ!」


 びくん、と反応する少年。そして、リールの方を向く。そうして見るリールの顔。そこには憂いが見える。そんな状態で、声を掛けてきた。


 きっと、また悪い報せだ。


 少年はそう悟り、心の準備をする。心なしか表情がこわばる。リールの目が、一瞬、少しばかり見開く。少年の表情の変化を見逃さなかったから。


「あのとびらの絵……、見た?」


 壁面に、ささくれだちの先っぽの丸まっていなささからしてまるで先ほどついたかのような、特徴的な傷の集合。ずんぐり丸い円の縁取り。その内側にもう一重に、円。そこには、中心に向かって、三角になるように、二辺がのびている。それが縁取るようにいくつにも並んでいる。ずんぐり丸い円の縁取りの上には、三角というには緩すぎる、丘というには高すぎる山なりの曲線が一つ。ずんぐり丸い二つの浅くも存在する抉り穴。


 そんな風に、それは形を、意味を為していた。


()()()()()()()()()()()()? お姉ちゃんが掘ったん? 上手いやんかぁ」


 わざと少年はそんな風に言った。作り笑いをして。


「……」


 リールは無表情にうつむき気味に少年の顔を真っすぐ見ている。


 そうして――十数秒が流れた。


「……。な、訳ないわな」


 折れたのは少年。


 そうやって増えた新たな謎。それが、この家に入り込んできてから、色々と謎が出てきたことを意識し始めることとなるきっかけとなった。






「あの戻る仕組み。街の外でもここのと同じ仕組みだったのかしら?」


 少年の対面に座るリールが、そう小窓の方を見ながら言う。


「たぶん」


 少年はそう短く答える。

 

 二人は比較的落ち着いて話している。そう努めている。隣に座らずにいるのもそのため。一旦考えを整理し、共有するために、とりとめもなく席について話す流れに自然となっていた。


 まだ、窓の外の雨は止まない。


 家自体の作りがしっかりしているからなのか、雨の音は廊下ろうかにいたときとは違って、全く響いてこない。


「街の外とはまた仕組みがちゃうと思う。感覚がちゃうねん。街の外のは、近づこうと距離を詰めたら、その分距離が伸びて、縮まらへんって感じやったから。前後が入れ替わるっていうより、距離詰めたら継ぎ足されるって感じやったから」

「よく気づいたわねぇ……。ほとんど感覚に違いなんて無かったでしょう?」

「私たち、確かにここから出たいと思ってるのにねぇ」


 少年が振り返って、リールはそれを他人事のように遠い目で見る。そんな風な立ち位置で二人は役割分担していた。


 というか、そうする以外無かった。少年の方が、意識ある時間は長い。見知ったものも多い。更に、少年の方が、まともに思考できている状態が長かった。


 けれども、少年一人では頭の中は煮詰まったままで、突拍子もない思いつき以外では、もう考えは進まないところに来ていた。


 一方リールはというと、ちょっと正気に戻ったのが遅すぎた。何を推測するにも、材料が足りない。


「雨、止んだね」


 少年が不意にそう言う。


「そうねぇ」


 リールはそれに深く穏やかにうなづく。


「どうする?」


 そう言って、少年は、窓の方を見て、くるり。自身が入ってきた方向ではない方のを見る。そうして、ぐるり。リールの方を向いて、選択を委ねてくる。


「あの奥には何も無いわ。多分、物置だったのだと思うわ。けれども何もないの。床にくぼんだような傷とか、壁にひっかけたような傷とか、きっと何かたくさん置かれてたんだろうけど、今は何もないみたい。()()()()()よ」


 妙に意味深に聞こえ、少年は追及しなかった。ただ単に分からなかった。不穏を不安を、うっすらとだが、感じた、かもしれない。そんな程度。気のせい程度の違和感かどうかも分からない、ほんの微かな引っ掛かり。


 さっきも悪い報せの予感は外れている。


 そこから少年はそれを流すことにした。


「じゃあ、外出よか。他の家も調べてみたいし。……っ! ……」

 

 そう言いだして、椅子を引いて勢いよく立ち上がろうとした少年は、椅子いすから半分腰を浮かせた状態になったところで、何かに気づいたように、びくり、と反応して、そのまま動かない。念のために頭の中で、この家に他に巡るべきところがなさそうか検討しようとこの家の外観を思い出そうとしたが、そもそも、そんな外観の様子がすっぽりと抜けていることに気づいた。


 冷や汗が流れる。


(なんでや……。確かに暗かったし、焦って入った。けど、全く……、思い出せん……。見てないなんてことはない筈。意識してなくたって、いっつも、後で思い返したら憶えとるやんか……。まぁ……、外出たら、分かることや……。分かる……んか……? 出ても……いいんか……?) 


「? どうしたの?」


 心配そうにリールは、引いた椅子から立って、腰を後ろに突き出しながら、両手を机について、前に上体をのめり出しながら、少年の方へ顔を突き出して、首を傾げる。


(気づいてない……。よかった……。けど……、あかん……。こんな訳わからんので、やっといつもみたいになったお姉ちゃんを不安になんてさせたくないのに……)


「……。この家ってどんな外観やったかなって。何か思い出せんくてさ。ま、外出て見たら分かるし、そんな気にすることちゃうよね」


 少年は考え、そういう形でめた。


 このまま動かずここに引きこもっていたって、何の解決にもならない。それに、何か作為的なものを感じざるを得ないこの家の中にいることは、きっと、進んで外を見に行くことと、そう大差はない。


(……。じっとここにいて、また、おかしくなってもうたら……? ……。……)


 思い出した不安に徐々に圧迫されていくのは得策ではないと判断して。浮かんだリールの崩れた姿を振り払う。


 しっかりと立って、その部屋をリールと共に後にした。

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