---142/XXX--- 時址の灰の演目 ~寓意の絵・前~
ザァァァァァァァァァ、ピチァャンパチャァン、ザァァァァァァァァァ――
少年たちは、自分たちが入ってきた入口越しに外を見る。
「また止むまで待つしかなさそうやね」
「そうねぇ」
降りしきる雨の音は、扉のないその家の中までよく響いてくる。
「……」
「……」
二人は暫く、並んで立って、数分の間、無言で外の様子を見ていた。雨が止みそうな気配は一先ず無かった。
「奥、行ってるわね」
リールがそう言って、踵を翻し、少年の傍から離れていった。
「何なんやろうな、これ」
ぼそり。雨を眺めながら少年は弱々しく、口にする。気を張る必要が無くなれば、このように年相応な少年であった。リールが後ろで見ている可能性だってある。聞かれいる可能性も。それでは強がる意味なんてなくなる。幼い少年はまたそこまでは考えは回らなかった。
そういうことは置いておいても。いつまでも強がってなんていられはしない。気の抜きどころは必要なのだ。そしてそれは、少年だけでなく、リールだって、そうなのである。
少年もやがて、入口から踵を翻す。いつまでも黄昏ているつもりなんてなかったから。それにいつまでもそれを見ていると、気が滅入ってしまいそうだったから。
トン、トン、トン、グゥゥ、グゥイイイ、ギィィィ、トッ、トッ、トッ、トッ、
続く、細長い、木板の廊下。左右の、控えめな小花柄の草木の壁。自身の背よりも数メートル上の天井。
そんな家の玄関の床は少年が歩くと鳴くようにところどころ軋んだ。
数メートルどころか、十数メートル程度はあるかに思えるような廊下。埃は無く、濡れも無い。
(外縁部の家とは全然ちゃうな。豪華やし、こうやって玄関と部屋が分かれとるんやから。もしかしたら、この先にあるんは一部屋だけちゃうかもしれへん。……なんか、長ないか、これ?)
薄暗さもあり、場所柄もあり、だからこそ、その長さが本物かすら分からない。
ギィィ、トッ、トン、トッ、ギィィ、グゥイイイ、トン、トン、
扉がある。入口には無かったのに、何故かそこにはある扉。重々しそうな、木の扉だ。ぶ厚い一枚板でできていることが見てとれる。
大きさの違う正方形が縦横斜めに乱雑にちりばめられている。それらは、彫ることによって形出しされたのであろうことがノミ跡のような彫り跡から見てとれる。
それとは対照的に、柄も何もない、剥げた真鍮のコの字に扉についた取っ手。
しかし、少年が気にしたのはそれではない。
(……。閉まってる)
扉が閉まっていること。ただ、それを気にした。埃の跡が無いのだから、扉が直近に開けられたかどうかの見極めもできない。
閉じている。開けるかどうか?
(向こうから物音はせぇへん。お姉ちゃんはたぶん、おらん、のかな? 気配もせぇへん)
迷う。迷う。迷う。
開ける意味。他の経路の有無。リスク。
結局、その取っ手を両手で掴み、
グコン、ギィィイイイイイイイ
体重を掛けて押すように、開けた。軋むような音が鳴った。
開いた先に、リールが見えた。
部屋の中央に見える白い布を被った大きな縦横に長い長方形のテーブルを越えて、先。背を向けている。壁を見つめるように立っている。扉を開けた少年の方を振り返るそぶりは見せない。
「……」
少年は無言で、身体を扉の先へ入れ、
ギィィィィ、グゴォン。
扉は鳴き、戻り、低く音を立てて閉まった。
赤黒色の絨毯の敷き詰められた大部屋。食堂であるようであるのは、部屋の中心に陣取って主張しているそれから明らかであった。
左の壁面には、開閉の不能であるかに見える小窓。壁に埋め込まれた、大人が椅子に座ったら恐らくちょうどよく見えるであろうくらいの位置に、壁面にいくつか。
少年の背丈では、立っている今の高さで丁度、その外が見える具合だった。
壁面は、廊下と引き続いて、同じ花柄。天井には真鍮色のシャンデリアが掛かっている。扉の取っ手とは違い剥げはない。当然そこに明かりは灯っていない。
小窓から入る光によって、部屋の中は廊下程は薄暗くなかった。だからこそ、少年はリールを視認できた訳であるが。
背がしっかりした作りをしている以外はシンプルな木の椅子がいくつか並んでいる。それらは白い布で覆われたテーブルにくっつけて置かれている。
テーブルの上には何もない。そもそもその部屋には、テーブルと椅子以外に置き物は見当たらなかった。右の壁面には、通ってきた扉と同じような扉が一つ、ある。
少年は右回りに移動し、扉には手を掛けず、リールの傍へ。
「……」
声を掛けることはせず、唯、隣に立った。リールが見ている、壁に掛かる小さなそれを、見た。
小さな黒塗りの、箱。赤い糸で括られた。その箱を開けた直後、煙に包まれている男。煙と、そこからはみ出た手との境界から、少し手先の方向へ。
若いその男の手が、皺がれて老人のそれに変化していく一瞬を切り取ったかのような。そんな、絵、だった。
白度の低い、狐色の紙に書かれたその絵。少年はそれを見て、ある言葉を想起する。
浦島太郎。
少年は掘り起こすように思い出していた。祖父が時折枕元で話してくれた、前時代のある種、寓話的な話の一つ。
(……)
その顛末を。




