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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
422/493

---139/XXX--- 時址の灰の演目 ~刻足帰輝

 コッコッコッコッ――

 コッコッコッコッ――


 リールの予想通り、それは存在しており、そして、あっさり見つかった。少年たちは、そこを歩いている。二人の足音が響き渡る、閉じた空間。白灰色で多孔質な、堅い壁に地面。天井は高く、道幅は十メートルほどと広く、緩やかなアーチになっている天井の最も高い箇所までは数メートル。


 そして、壁面から天井にかけて、ところどころにくり抜かれたような、直径十数センチから、数十センチ程度の大小様々な、長く長く伸びていそうや竪穴や横穴。


 その穴から、薄明りが差し込んできていて、それが、床面や壁面に当たり、それらの多孔質な表面によって、光は薄く散り、本来明かりなどないであろうその空間は、ほのかに明るかった。


「街の地下にこんなんがほんまにあるなんて。すごいなぁ」

「でしょ?」


 歩きながら周囲を見渡す少年と、明るさすら少し取り戻し始めて少年が口にした何とも月並みな感想に少しばかり得意げに答えるリール。


 付近にあった数件の無人な家々の、水回り関係の床下の排水溝がありそうなところにリールがあたりをつけ、床の上から殴りつけることで露出させ、それが進んでいっている方向を確かめていき、それらの延長線上の交点から、凡その、水路のあるであろう位置を推測。


 それを繰り返すことでその精度を上げていこうとしている最中、立ち入ったある廃屋の一つで、


「足元崩れたときは、ほんと焦ったけどなぁ、ははっ」

「それはごめんって謝ったじゃないの……」

「分かってるってお姉ちゃん」

「調子いいわねポンちゃん……」


 崩れ落ちて、二人はそこ、地下の水路へと到達したのだった。


 コッコッコッコッ――

 コッコッコッコッ――


 そんな水路は、乾いている。渇ききっている。水気は一切ない。


「だってさ、俺ら高いとこから落ちるなんかよりずっとずっと大変な目にあってきたんやし、こんなん、モンスターフィッシュと比べたらさぁ」

「そういうものかしら」


 二人はもうだいぶ長いことその通路を歩いていた。右に左に、たびたび曲がり、その先に現れる三叉路や、T字路。十字路に、上下に続く階段。


 要するに、入り組んでいた。まるで迷路のように。なまじ、数多の排水溝から届く薄明りという光源があるせいで、進めてしまう。


 そこまで入り組んでいることは想定外な二人ではあったが、こうやって、冗談を交わせるくらいには、会話も自然にできるように落ち着いてきていた。


「だって、お姉ちゃん。避けたらもう追いかけてこえへんただ数だけ多い岩の塊なんて、そんなん、雑魚の群れが突っ込んでくる方がまだ怖いやろ」

「肉食の魚の群れ。あれはあれで普通の人あったら為す術ないんだけどね。ふふっ……。遠くに来ちゃったのね、私たち」


 そう、何だかおかしなことを言う少年と、何だかおどけたように黄昏るふりをするリール。二人にとっての普通は、この時代においても当然普通ではない。


 少年の言う雑魚。それはリールの言う肉食の魚の群れ。旧時代において、ピラニアやカンディルといった、時に人に牙をく魚。せいぜい、重症から、どれだけいっても、人体の部位破壊程度が関の山であり、人を積極的に襲う訳ではなかったそれら。この時代でのそれらは、群れをなせば、軽々と、人体の部位破壊を為す。積極的に人を狙い、おそう。それらは、未だ人と比べれば小さな身体でありながら、容易に人を、助からない手遅れに追いやるのだ。


 それらですら、モンスターフィッシュの基準には至らない。単体で絶対的な人の脅威、という域には至らないのだから。無論、好んでモンスターフィッシャーたちがターゲットとするような素材としての価値も無論ない。


 故に雑魚。モンスターフィッシャーたちにとって微塵でも脅威になるか、価値を認められるほどの意味があるか。旧時代のその言葉の基準とはもうそれは、別の何かに成り果てている。


 コッコッコッコッ――

 コッコッコッコッ――


 モンスターフィッシュよりもすっと――彼らこそが、化け物だ。






 コッコッコッコッ――

 コッコッコッコッ―― 


 二人に焦りはない。


 危機を抱くべき情報も得ている筈なのに。たとえば、水。あの直前までの雨。その痕跡のないこの水路。水路と言っていいかもそういう意味では怪しい。基本的には閉塞へいそくした場所。穴から注ぐ光は、陽が薄くともあるからこそ。それが、穴に集められ、収束され、束のまま反射して、この場に届く。陽が落ちれば視界は閉ざされる。


 空気は途切れずどこにもあるのか? 不意に水が、上または下から襲ってくることはないのか。


 二人は、そんなもの見ていない。決してそれは目を背けている訳ではない。少年とリールが微塵みじんも恐れていない理由。


 見切った。そして、慣れた。


「そろそろ出口かなぁ」

「真っすぐいけたらすぐなのに。ねぇ」


 幻覚と現実を、判別していた。


 つまるところ、少年やリールの状態関わらず、計器としての精度の正確さと安定さ。そして、観測者たる少年とリールの精神がそれを正確に読み取れるかどうか。


 この時代における優れた者というイメージの普遍的な共通点。


 知覚と精神。その両方の、緻密さ。強さ。


 それらよりも後に、両輪の完成度と安定度。それが、有能と無能、人の程度を分ける、共通無意識なはかりだった。


 旧時代的な考え方である、安定と、均一かつ高水準な纏まりよりも先に、爆発力こそがものをいう。


 そして、二人は、爆発力など発揮せずの平時ですら、既に隔絶している。モンスターフィッシャーと言われる同類たちの中ですら。


 まだまだ未熟な精神をしているというのに。


 トン。

 トン。


 並んで足を止める。丁度、刺又さすまたのような形をした三叉路さんさろ。そんな分岐ぶんきの根元の前で。


 コンコンッ。


「ここ。薄いな。いける? お姉ちゃん!」


 少年が壁を叩きながら、リールに言う。


「もちろん」


 グッ。ギィゥウウウウウウウウウ、


 リールは義手側の手で強く拳を作る。そして、


 ギリリリ、


 歯をくいしばり、


 ブゥオゥン、ドゴォオオオンンンンンン!


 放つ。それは難なく壁をぶち破った。


 あいた穴の向こう。白い光がこれまでよりもずっとはっきりとのぞく。上へとのびる階段。その向こうの光で白い光景。長い間に、夜が来るのではなく、雲が去っての晴れが来たらしい。


「きっと、これで真ん中や。こっからが本番、なんやろうなぁ」

「謎解きかしらねぇ。それとも、たたかい? けど、きっとこれで最後の気がするわ」

「あっさり通してくれたらええんやけどなぁ」

「ほんとそうよねぇ」


 本来、揺らぐことなどない強度の器を持つのだから。傷つき、摩耗まもうすることはあっても、折り目がつくことだけは決してない。


 二人は軽口をつきながら、笑う。もう、そこに、萎縮や恐怖は見られない。


 光り輝く才が、その輝きを、きらめめきを、それらにとっての平素であるそれを、すっかり取り戻していた。

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