---138/XXX--- 時址の灰の演目 ~才媛復調~
「何や、ここ……」
「廃墟、かしら、ね……。見えてる通りなら」
ゴォォォォォォォ――
時は、空気は、とうに動き出していた。
どんよりとした雲が空を覆っていた。半ば風化し、ところどころ罅割れ、崩れた、凡ゆる構造物。
坂を乗り越えて進んだ途端、そんな風に、光景は変わった。
本来、そこにも家々による街並みが広がっている、筈、だった。家々や合間の店々の密度は、そうやって、中央へ進むほどに、増していっていて、そこから先に進めたら進めたで骨が折れる。そう想定していた二人。少年がリールに追いついたところで、二人並んで、坂の先、内縁部にさしかかったところで、坂の中腹少し先の不可視の膜を越えたときのような質感を感じ、もしやと思ったそのときには、そうやって、まやかしの下の姿が現れたのだから。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥ――
虚ろな、風が、吹く。
大半の全壊した建物。そんな瓦礫が、中央部へ向けて、そり上がってゆくかのように、積み上がっている。その先に進むなら、瓦礫の山を越えねばならない。きっと、その上に立てばきっと崩れるであろう、先への踏破を阻む不安定な足場。
きっと、瓦礫の下には、本来、中心街へ進むための、そう、この、一面の瓦礫が露わになった今でもその存在を高らかに主張する、灰色の空の果てに伸びる、継ぎ目のない、磨き抜かれた黒曜石のような煌めきを、この暗空の中、鈍く見せる、塔。
ここまで来るがいい。こここそ終点だ。この地の。まるで、そう言われているかのよう。
「きっと、無理やり進んでも駄目なんやろうな」
「そうね」
「けどさ。俺無理やり進むくらいしか思いつかんわ。道は埋まってる訳やし」
少年としては、考えることは大事とそれはそれは痛感してはいるが、だからといって、考えて考えて凝り固まることでそれはそれでどうしようもなくなることだってあるとこれまた痛感していた。
なら、できそうなことをやるべきで、後はそれを多少ゴリ押しでもやってしまう、位が実はいいんじゃないか、と思い始めていた。
勢いだけでもダメ。頭でっかちでもダメ。それでなんとかなるときは何とかなるが、難しい局面というのはそれでは大概どうにもならなくなるのだから。
そして、少年がそうやって色々試行錯誤している中、リールはリールで、やるべきことをやっていた。崩れた自分らしさを、柔軟さを、取り戻しつつあった。
「っ、あっ、そうだ。ねぇ、ポンちゃん。ここが街だったっていうんなら、たぶんだけど、地下道とか、無いのかしら? あの雨でも、水浸しにならなかったんだから、多分、地下に水の通り道くらいあると思うのよ。雨って、怖いのよ。待ち望んだ雨って、恵みの雨って言われるけれど、こっちがもういいって言っても止んでくれず、振り続ける雨は、それはもう、水害よ。水の害。自然災害。それは簡単に私たちを殺すの。ポンちゃんも、大量の水の怖さって、よぉく知ってるでしょ?」
少年が口にした言葉から、可能性の一つを連想し、口にした。それは、少年とは違い、色々なことを広く知っているリールであるからこそ思いついた、ちょっとばかり、大人の視点。理屈と知識とそれらを引き出して組み合わせるための鍵、連想。そして、それを少年にも想起させるように、語り掛けるように言い聞かせる。
それは、なんだかこのままだと、無謀に突っ込みそうな少年への戒めでもあり、リールは今それだけ冷静だった。落ち着きを取り戻してきて、普段通りになってきて、だからこそ、そうやって、気遣いも、視野も、周囲を包み込むように広くなって。
こくり。
少年はただ、頷いた。声に出して返事しなかったのは、聞き入りたいという自然な意思表示でもあった。
「道として作られたものじゃないかも知れないだろうけど、きっと、広いわ。私たちが歩いて通れるくらいに。だから、探しましょ。瓦礫を退かすのはちょっと無理そうだし。時間がいくらあっても足りないわ。きっと身体がもたないし、途中で奥の方の山が崩れてくるかもしれないもの」
少年は納得しながらも、自分の言っていたことの無謀さに気づかされ、少しばかりしょぼんとする。
「だから、ね。まだ崩れきってない建物の中を調べましょ」
リールがそう言うと、少年は今度は、えっ? と首を傾げる。それだと瓦礫を退けたり、その上を無理やり登ってつっきっていくのと変わらず危ないのではないか、と。
「あら? 別に危なくないと思うわよ。だって、これだけ重そうな瓦礫に押しつぶされずに、まだ立っている家なのよ。少し屋根や壁が崩れたりはしてるけれども。ポンちゃん。石造りの家って、丈夫なのよ。丁寧に補修して修繕して使えば、数百年住めるくらいに。それでも心配? なら、入る前に壁でも思いっきり蹴ってみたらいいと思うわ。粉や小さな破片くらいは落ちてくるかもしれないけれど、それで崩れたりなんてしないから」
そんなもんなんだ、という感じで、なるほど、と少年は一先ず納得したらしいが、今一つ、諸手を挙げて賛成しているような感じではまだない。だからリールは、
「きっと、溝があるわ。何処かに向かって下がっていく排水溝が。それを辿って、目星をつけましょ。きっと、そんな排水溝の終わりが繋がっているような、大きな地下道。それがどこにあるか」
そうやって話の肝を分かりやすく伝えた。それより前に懸念として浮かびそうないくつかを取り除き終えたところで。そして、
「街の真ん中にもきっと繋がってると思うの。どう?」
そう、リールは落ち着いた感じで少年に微笑を浮かべ、尋ねた。




