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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻

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416/493

---133/XXX--- 雨音滅入

 ザァアアアアアアアアアアアア――


 雨は激しさを増してゆく。まともに前を向いて周囲の様子をうかがうことすらあっという間に困難になった。二人は、こくん、と示し合わせて、駆け出した。


 ピチャチャチャチャチャ――

 ピチャチャチャチャチャ――


 そうして、外から見た限り雨をしのげそうな屋根が残っていそうな手近な家のとびらの前へ。そこで少年はリールを制止して、一呼吸置き、


 グッ、


 自身の手で、手近な家の一つのとびらに手を掛けた。すると、


 ガコンッ。


 木のとびらについたげた真鍮しんちゅうの取っ手は根元からもげた。少年は目を細め、そして、


 ドンッ、ゥゥウウ、バタッ、バキッ!


 前方のそれをり倒す。とびらは難なく、地面に伏した。


 立ち上ったほこりが止み、何も特に起こらないことを確認して、少年は、後ろでひたすられているリールの後ろに回り、その背を押して、促した。






 そこは、ほこりっぽかった。つまり、それは雨風をしのげる気密性が保たれていることを意味していた。


 家というよりは、一つの部屋、でしかなかった。他に部屋はなく、そして、生活の痕跡こんせきも無い。物は何も置かれておらず、ましては、天井や床に隠された空間などは無さそうだった。


 ザァァァァァァ――


 とびらが先ほどまで立っていた部分から外が見える。雨は音の通り、激しいままだ。雨宿りを続ける他無さそうだった。しかし、椅子いすもない。だから二人は、その場に向かい合って座り込んだ。


「いつなったら止むんかなぁ……」

「私たちが謎を解いたとき、でしょうね……」

「……」

「……」


 ザァァァァァァ――


「謎なんて……ほんとに、あるんかなぁ……」

「……」

「だって、何も、ないやん……。誰もおらんやん……。一周ぐるっと回って、何の気配も、無いんやで……」

「……」

「……」


 ザァァァァァァァ――


 手掛かりは無かった。この変わらず降り続く雨と同じように。円形の外壁には、二人が入ってきた入口以外の経路は無い。


 街の中央、目視できているはずの、高くそびえ、頂の見えないとうへは、どうしてか到達できない。


 中央へと続く、幾本もの坂道。そのどれもが、ある一定以上進むと、それ以上、中央へ、より高所への進行をさまたげる。前に進んでいるつもりでも、気づけば足踏み。


 建物や外壁の上に登っていってみようとしたが、それは、流れ続ける雨によって滑りに滑る外壁表面や、建物自体の老朽具合故の足場としてのもろさから、試すまでもなく無理と結論はすぐ出てしまった。


 手は尽きた。闇雲やみくもにふらつくように手掛かりを探すでは、この降り続く雨と、朽ちた、無人の光景に、身体も心も滅入りそうだった。


 だからこその雨宿り。


 ザァァァァァァァ――


「出口、あるんかな……。もう、そんなことも、疑ってまう……」

「……」


 ザァァァァァァァ――


「……(お姉……ちゃん……)」

「……」


 隣のリールは、ひざを抱えて、うづくまっていた。先ほどまでは何とか顔は上げていた。光を失った、虚ろな表情ではあったが、それでも、少年の方をちゃんと向いてはいたし、返事はしなかったが、時折見せる、小さな肯定のうなづきや、答えにまっての気まずい空気の発生は確かにあった。


 ところが今は、もうそれすらない。


「お腹は減らへん……。寒くもない……。眠くもない……。しんどくもない……けど、しんどいよね……」

「……」


 少年は、何とか言葉を続けていた。形だけでも、会話を続けていた。会話というより、語り掛けに成り下がってしまっているが。


 自身の口から出る言葉は、どんどんと意味のないものに、前を見ず後ろを見るものに変わっていっているのが分かっていても、それでも、止めなかった。


 返事が無いのだから届いているかは分からない。それでもやめられないのには理由があった。少年は、街道の蔵で、記録を見た。リールは見ていない。少年はその中身をリールに説明してはいない。


 その記録から、少年は、輪郭として一つの大きな危惧きぐを心に抱いていた。


 消えた人々。しかし、彼らはいたはずで。けれども、劣化しつつも形がはっきり残る建造物。だというのに見当たらない生活臭。


 気づかぬうちに、閾値いきちを越える。そうすれば、きっと、待ち受けるのは消失。形として刻んだ、記述したもの以外、生きた痕跡こんせきごと、消える。


(お姉ちゃん……。頼むわ……。どうか、どうか、折れんといて……。きっと、そうなったときが、終わり……なんやから……)


 未だ危険も、大きな動きも、目の前に具体的に何一つ現れていない状況であるにも関わらず、既にこうであることに、少年の心も、もう、そう余裕は無かった。


 隣を、見る。うつむいたままだ。微かに震えているように、見える。けれども、きっと、背をさすっても、手を握っても、身体を寄せても、その震えはぬぐえない。それどころかきっと、それはこちらにもうつるだろうから。


 なら、言葉で、と口を開きかけて、気づき、つむぐ。


(……莫迦ばかか、俺は……。何、自分が安心するためだけにぺちゃくちゃ暗い暗い愚痴ぐち言うつもりなんや……)


「……(ごめんな……お姉ちゃん……。……こんなことすら、今は、言葉にできんのや……。だって、口にしたって謝るんとは全然違うんやから……。謝った言わんのやから)」

「……」

「……(俺までふさぎ込む訳にはいかへん……。それに――お姉ちゃんが、ほんまにこんな弱い筈あんてあらへん。……待つんや……今は。ほんの、少しだけ。きっと、お姉ちゃんは、顔を、上げる)」

「……」


 ただ、隣のリールが為だけに、内に秘めて奮い立つ。それはなけなしの勇気。たとえそれが――嘘であっても。

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