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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
415/493

---132/XXX--- 叶うことのない願いを託して塵と消えた

 駆けよって、それが、顔を上げると共に、二人は気づいた。それは、灰色で、肌色なんてどこにもなくて、瞳にすら、色はない。灰色で統一された、まるで、石造のような、何か、だった。


 全長1.8メートル程度の、背格好からして成人男性を象った、石造。恐らく、それが深く被っているフードも、きっと、同一に、それのまるで岩の塊から切り出されたかのような一部。


 その先には、門がある。扉も、他には門番もいない、門。縦長のアーチ状の、入口。灰色の岩がそんな形にくり抜かれた通路。その街は巨大で、そんな灰色の石の恐らく、円形の外壁を持つ、恐らく入口はそこしかない街。


 だからこそ、迂回うかいするという選択肢はない。そもそも、もう相手には捕捉されている。おまけにそれは、人の形はしていようとも、人の身体をしてはいない。


 そして、二人が取った行動は


(またっ……?)

(先手取ったるっ!)


 違った。


 ひとえにそれは、思索に予想に覚悟に費やした時間の差だった。


 リールが、飛び出す少年にはっ、とする。すぐさま、それを制止しようと手を伸ばすが、その手は空を切った。


 スタタタタタタタ――、ダッ!


 少年は、それに向かって飛び掛かっ――ドサァァ!


「っ! くぅぅぅ!」


 少年の身体は地面にダイブしていた。地面は少しばかり柔らかく、だからこそ、少年はめり込んでいた。その間にはさまれたものは何もない。あったはずの、石像染みた何かは、地面に伏した少年の前方。


 それは、二人を見て、立っている。


(どうする……べきなの……?)


 リールは迷う。


 相手は、幸いに少年を追撃する動きは見せていないが、それでも、それが続くとは限らない。それに、少年が起き上がって、駆けだす前に、今度こそはどうするか決めておいて、合わせて動かないといけない。そのことの難しさに、今更、気づいた。


 ここに来てから、ずっと少年にそれをさせている。自分はそれをまるで担っていない。これでは唯の足手まといだと、一周遅れにリールは気づいた。


 そうして、選んだ行動は、


「私たちに、どうしろって、言うの! 何をして欲しいっていうの! 言いなさいっ!」


 問いかけること、だった。

 

 そもそものところ、相手はどうしてこんなまどろっこしい方法を採っている? 何故、わざわざ、仮であろうと、幻であろうと、姿を現す? そこに、意味があるに違いない。


 あるとすれば、それは何か?


 何度も何度も、相手がこうしてくるということ自体が、答えなのではないか? 姿を見せる、その理由。姿を見せて、その先に何を思い描く?


 リールなりに選んだ答えは、それだった。


 少年から聞いた内容まで混ぜ込んで判断する時間はとてもなかった。それに関しては、彼女の頭の中で、ぐちゃぐちゃに、渦巻うずまいているのだから。


 きっと、パニックになる。直視する訳にはまだいかなかった。まだ、受け止め切るだけの余裕はないのだから。


 グググ、ゴゴゴ、ビィン!


 それは、石が揺れるような音と共に口元を少しばかりり上がらせて、その右腕で、真っすぐ、街の入口向けて指した。


 そして、


 ビキッ、ピィッ!


 小さく割れる音。何か、その伸びた右腕の一部が表面から欠けるように弾け飛んだ。


(っ……。くそっ!)


 少年は、慌てと、冷や汗と共に立ち上がる。生きた心地がしなかった。自滅した。そう思った。リールにせめて、声でも掛けて動くべきだったと後悔していた。そもそも、これだけ違うことを考えているとは思ってもみなかった。


 ズスッ、タッ!


 跳ねるように立ち上がり、一応、身構える少年。リールが話しかけて動いた後の石像に、変化は、無い。


 少年は、溜息ためいきと共に、少しばかり脱力した。


 プシッ、ギニュッ!


「ぐっ……?」


 すぐ少年の後ろまで来ていたリールが、少年の右頬ひだりほほを後ろから手を回してつまみ、つねっていた。つままれた手に引っ張られるように後ろを向いた少年。底にはリールの顔があった。


「お、おええあん(お、お姉ちゃん)……」

「落ち着いて。ねっ」


 そう、ちょっと笑顔で凄まれた少年は、その裏の、実はかなり怒っている様子を感じ取った。ちょっと痛かったけど、そのまま少年は頷いた。


「ははっ」


 聞こえた、低い、しっかりとした、温和な感じの大人の男の、声。


「「っ!」」


 二人はそれの聞こえてきた方向へ咄嗟とっさに反応する。


(こいつや……)

(……。何……? 何なの……? 敵対してきてる感じじゃあ、ないわ……?)


 いつの間にかほっぺつねりから抜け出しており、もう前へと動き出しそうとしていた少年の肩に、リールは手を乗せて、制止した。


(ちょ、お姉ちゃんっ!)

(ポンちゃん。敵意、無いわよ、あれ)


 合わせた目で、二人は瞬く間に会話した。


 そして、次の瞬間には、


 ガララララララッ!


 石像は、砕け、崩れていた。


「は?」

「っ!(今……、あれ、微笑んでた? こっちを、見て……?)」


 少年は何も気づかず、リールは気づく。


 サァアアアアアア――


 砕けた石像はちりとなって風に吹かれるかのように、消えてゆ―…ビキッ、ピィッ!


 右腕だけが、残っていた。再度の砕ける音が、更に、その表面からほとばしって、そこにはぎっしりと、何か書かれていた。


「……」

「……」


 二人は顔を見合わせて、真剣な面持ちで、互いを見て、同時に、うなづく。


 ザッザッザッザッ――、ズッ。

 ザッザッザッザッ――、ズッ。


 二人は、その腕の落ちている前に、立った。少年がそれに手を伸ばし、つかみ、拾い上げた。



【私はあの家に元いた者だ。もう、私は恣意の忘却に呑まれ、その尖兵と成り果てた。それでも、ただ一度のみ、死を賭して抵抗が許されている。誰もが持つ権利だ。君たちがそうなったとしても、それは行使できるだろう。】


 少年がぐるり、と石の腕を回す。それの表面は、端から端までぎっしりと文字でひしめいているのだから。


【黙って見ているつもりだった。しかし、君たちの見せたそれは、懐かしいものを思い出させてくれた。願っていた筈の、希望の類型だった。私はそれが為にしがみついた筈だった。思い出した。もう、私はそこに入れない。なら、君たちに託そうと思う。娘を、助けて、欲しい。分かる、筈だ。娘は、きっとあの中で足掻いている。忘却に囚われてなんているものか。全て失って石の奴隷に成り果てているものか。】


 回しながら、その文章に二人は目を通してゆく。


【お願いだ。どうか、お願いだ。この地に降り立って、未だ忘却を遠ざけている君たちなら、心を、意思を、想いを、忘れていない君たちならきっと…―】


 ザァアアアアアア――


 全てを読み終えることなく、それはちりとなった。


「……。どうしろって……言うんやろうな……」

「……」

「だって、もう、この人も、この人の娘さんも、もう……」

「……ポンちゃん……。行きましょ……。このまま、涙で歩けなくなってしまう前に……」


 リールは、言わなかった。敢えて、言わなかった。残されたメッセージは、多分、最初の手を掲げたときと、崩れたときとで違ったものになっていただろうことに。少年がそれを意識の片隅にもひっかけていないことを分かっていつつ、敢えて、言わないようにした。


(きっとまだ、分からないこと、よね……。私だって、分かるようになったのは、ほんのちょっと前……。ポンちゃんが、私のことを…―)


「お姉ちゃん……。大丈夫……? ほら、行こ……」


 少年がそう心底心配そうにリールの顔を下から覗き込んで、そして、手を引いて。だからそこでリールの考え事は中断した。


 そうして、二人は、立ち止まることなく、しかし、走ることもなく、重くなった足取りで進んでいった。そして、とびらもない、門番もいない、自分たちの背丈の数倍ある石の門をくぐって、黄色い明かりの中へと消えていった。





 二人がそこに入ると、


 ザァアアアアアアア――


 雨が降り始めた。明かりは消えた。そもそも夜ではなくなっていた。その場所の時刻は、朝から昼。空は曇天。背後の入口はそんなもの無かったかのように消え、石畳と、三角屋根と白壁と木の扉窓の家々や、店々が並んでいた。


 それらの窓は閉じ切っており、窓から灯りが漏れている気配はない。中央に向かって、メインとなる街道が伸び、その方向へ向かって、地面の高さが高くなっていく坂になっているようだった。


 外壁付近は低く、中央に向けて、高くなっていく。見渡した限り、そんな構造。


 そして、当然の如く、人影は、無い。気配一つ、二人は感じ取ることはできなかった。

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