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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻

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414/493

---131/XXX--- 不安定でもそこにある安堵

 ザッザッザッザッ、


(……)


 夕焼けは、赤黒さを増していた。もうすぐ、夜が来る。真っ暗闇な夜が来る。泣き喚こうが、すがりつくかのように懇願しようが、それは変えられはしないのだ。


 少年は考えるのをやめていた。意識を向けるだけでもう、くずれそうだったから。軽く気絶させただけのはずのリールもまだ、まだ……目を覚まさな—…


「ん……」


 少年は足を止めた。


「お、お姉ちゃん……」


 左肩ひだりかたに乗っているリールの首。そこへ向けて振り向くように口にした。当の本人は、何気なく返事したようにつくろおうとしていたのに、まるでできていなかった。


「あれ? 私……、あれっ? 思い出せないわ……。 ポンちゃん、下ろしてくれて大丈夫よ」


 けれども、それは流された。


 少年は安堵あんどする。リールの口にしたそれが嘘か真かなんて、判断しようと考えはいかなかった。





 ザッザッザッザッ、

 ザッザッザッザッ、


 二人並んで歩き出していた。少年がリールが気を失う直前から今までのことをぼかして説明し終えて、速足であるいていた。


 少年は気まずさ故に言い出せず、リールはわざとかそうでないのかはともかく結果的に水に流した。けれども、結局のところ、お互い様。


 お互いに余裕はなく、各々の中のぎこちなさに振り回されて、大事なことには意識が向かない。


「私たち、あそこへ向かうのかしら? ポンちゃん」


 それでも、安定しようとは努めていた。二人共。


「そうだよお姉ちゃん。きっと、あそこに行かないと何も無いからさ」


 そうやって、二人揃そろって落ち着こうとする。少しでも焦りを抑え込もうとしている。できる限り自然にふるまおうとしていた。何事も無かったかのように振る舞おうとしていた。


「よね。これだけ暗くなってきてるんですもの。野宿なんて御免よね。私たちが近づくにつれて暗くなっていってるってことなら、そういう心配はしなくてもよさそうだけども、ポンちゃんどう思う?」

「多分そうやと俺も思う」


 少年の背伸びしていたしゃべり方はなりを潜め、子供の口調に戻っていた。類推する思考は止まり、それは浅く単調になっていた。そもそも、少年とリールの会話の繋がりが無理やりだった。ぎこちなく、不自然で、それでいて、続いている。続けられている。


 だから、二人共が、胸に抱えている。


 少年は、罪悪感に囚われていた。先ほどまで感じていた、責任の重さと独りの恐怖はすっかり消えたのだから、先ほどまでよりはまだましだ。しかしそれは、先ほどまでの全身に降りかかる重ののような圧ではなく、心の深くで響く、切り傷のような、ずっとずっと続く痛み。


(俺は……ずるい……)


 リールは気づかない振りをする。覚えている。気絶の寸前を。優しさと許容だけではない。自分の為でもあった。あれは確かにやり方は唐突で遠慮えんりょなくであったが、適切であった。それに、したくもないのにそうしてくれたのだと伝わってくるから。だから、今、少年が見せている弱さを指摘する気にはなれなかった。


(お姉ちゃん……。ポンちゃんは私をそう呼ぶわよね……。けれど、それが時々、とっても重く、感じるのよ……)


 二人共表情には出さない。互いに普段のような相手への感知は働いていない。せ我慢をそうして二人続けるのだ。


「私たち、あとどれくらいこうやって歩いてるのかしら」

「着くまで、ずっと、だよ。日は動かないし、景色もまるで変わってくれないけれど、きっと方向は合ってると思う。あんなもの、これ見よがしにずっと見せられてるってことは、来いってことなんだと俺は思うよ」


(ちょっとだけど、調子戻ってしたみたいね、ポンちゃん)


 少年の様子が上向いてきたのを感じ、リールはたずねた。


「あの屋敷やしきで何か大事なヒントあったかしら?」

「……」


 そうやって、測り誤る。それに、あまりにも安直だった。それでは忘れたということが嘘だなんてこと、深読みなぞしなくてもすぐにばれる。


 少年の足は不意に遅まり、表情に影が落ち、今にも泣き出しそうに、全身を震わせていた。それでも泣かないようにせ我慢している。そこで泣いてしまう程にちてはしまいたくはなかったから。


 失言の後ではあったが、流石にそこにはリールは気づいた。だから、


「私あんまり覚えてないからさ。気失っちゃったみたいだし。ほんと、ごめんね」

「……、ええんよ、お姉ちゃん。……、こっちこそごめんなさい」


 リールはそれ以上言及しなかった。重ねるように謝ることも、少年の背中を優しくさすることもしなかった。


 少年は今にも泣き出しそうな顔と、それを無理やり抑え込んでの平時の顔とが、頻繁に入れ替わっていたが、それでも耐えていた。足取りも、先ほどの遅くなったのから、また元の速足に戻っている。


 だからこそ、リールは尊重した。少年も変わってきているように、リールも変わり始めていた。






 ザッザッザッザッ、

 ザッザッザッザッ、


「見てきた家々がどれもこれも一人暮らしっぽかったのはそういうことだったのかしら?」

「たぶん……」


 少年は結局、あの屋敷の中で見たものについてリールに全部話した。話そうとしなかった理由も併せて。それは結局、信頼へと天秤てんびんが傾いたからか、秘密として抱えきれなかったのか、話しておくことこそが結局リスクよりも先の備えになるという打算であったのか、少年自身にももう、分からなかった。


 それでも、話した。感情に流されるように話した。なんとか泣かずには済んだが。そうして、リールは少年が想定していたような最悪には決してならなかった。


 それは、リールから見て、それらを告げる少年があまりにも色々におびえていたからだということを少年は知らない。


 けれども、それがかえってよかった。どちらにも。こんなときですら、自然とり合う。だからこそ二人は並び立つに相応しい。ずれることも時折あろうが、結局は何処までも同じ歩調で歩んでゆけるのだから。


「……怖いね、ここ……。そうやって、不安になって後ろ向きになって、諦めて、何も考えなくなって、何もかも忘れて、そうやってみんな、消されたんやろうな……」

「大丈夫よ。ポンちゃんには私がいるわ」

「やなっ! お姉ちゃんがおる。だから絶対に俺はお姉ちゃんとここを出れる!」

「頼もしいわね」


 リールはそう、穏やかに、少年を言葉で抱擁ほうようするのだった。






 ザッザッザッザッ、

 ザッザッザッザッ、


「あそこには何があるのかしらね」

「うーん、そうやなあ。多分やけど誰かおるとは思うよ」


 進行方向先の、未だ遠い街のぼんやりとした遠景を見ながら二人は変わらず速足で歩き続けていた。夕焼けの赤黒さは変わらないままだった。


 まるで、進んでいないかのように。足踏みしているかのように。見掛け通りの距離ではない、と二人とももう分かってはいたが、野宿の可能性は低いものとなっていたことも分かってはいたが、そうなると別に、何か足りない条件があるのではないかと、そういう別の不安が渦巻うずまいてくる。


 おしゃべりを止めないのは結局のところ、そういうところも大きい。


「ここまで誰もいなかったのに?」

「だからやで。入り口には門番おった訳やん。じゃあ、出口が入り口と兼用で一つだけじゃないっていうんやったら、最低一人はおるはずなんよ。案内人が。こうやってさ、街の外は一本道な訳やけど、あれがほんまに街やっていうんやったら、入り組んでるはずやし、こっかから見たってこの大きさや。()()()()()()()()()()…―、いつの間に……」

「確かに、いそう…―、えっ……? やったわ! やったわね、私たち! ほら、あれ。誰か、立ってるわ!」

「ほ……、ほんまや……! ほんま、急やな……はは……、は……、……。よっしゃぁああああああああっ!」


 そうやって、突然の出来事に二人抱き合って、はっしゃぐように喜んだ。


 そうして二人、顔を見合わせて、


 にいっ。

 にぃっ。


 ズゥ、スタタタタタタタタタタ――

 ズゥ、スタタタタタタタタタタ――


 何時の間にか、遠景のはずの街は、もやのようなぼやけ無く、遠景と大きさ変わらず、気づけばその入り口が見えるようになっていた。


 遠景の街から、光が漏れ、その光量によって、街への道が照らされるかのように、ほのかに赤黄色く明るくなった。夕焼けは役目を終えたと言わんばかりに消えていた。


「よっしゃぁああっ! やっぱ人やああっ!」

「早く入れてもらいましょっ!」


 遠くに見える人影らしき何かは、それが人影であると確定する。先ほどまでのは座っていて、今は立っているのだと、高さの変化からはっきりした。それは光のせいで、よけいに真っ黒になって、その仔細はよけいに分からなくなってはいたが。


 それでも、二人を更に勢い付かせるには十分だった。

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