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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻

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---128/XXX--- 残痕の蔵 中編

 そこは、何の変哲へんてつも無い、地下も二階も無い、少々広めなだけの納屋、という感じだった。重厚そうな扉が付いていたとはいえ、少年がそのなりで、しかも、リールを背負ったままで押して開くことができたくらいの虚仮脅こけおどしなものだった。外の血文字が示すようなホラーな展開は別に何一つ待ち受けてなんていなかったのだから。


 外から見た通り、そこは、唯の納屋なやだった。縦長の長方形。手前側に扉。左上側のスペースは、備え付けられた水車の関係上、屋内としては存在しない。


 入ってすぐ正面の壁面には、畑を耕すくわや、収穫の為の鎌といった農業のための道具が主に並んでいた。それらは、少々の錆びが見られるが、金属先端部はほこりを被りつつも、ところどころ鈍く光っている。血糊ちのりの跡などはない。


 壁面近くの地面には、使われなくなった、壊れたりび付いたりした道具が散らばっている。それらにも、血糊ちのりなどの痕跡こんせきは、見た限りは、無い。


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、


 少年は背負ったリールを揺らさないように、少年はゆっくりと足を進める。


(……。ここには、気配の嘘は、無い、か)


 リールを背負ってからの少年の神経は研ぎまされていた。


 現に、いつもなら、こういった、現実には見たことのない建築様式、農具という、絵的には、知識的には知っているが実物を見たことはない類のものに対する、目を輝かせたような反応というものはまるでない。抑えようとする意志すらなく、それらは、まるで発生していない。


 少年は、自身の研ぎまされている状態というのをよく、知っている。そういう状態のとき、自身が外したことは一度たりともないことも、よく知っている。弁えている。


 この地に踏み入ってからずっと、頭部に掛かる、何かが触れている感覚があることにも気づいていた。リールには一切それはらさなかったが。


 それが自分たちに干渉してくる予兆は微塵みじんもなく、ただ、視線として、上方から何か感じるということは、それは監視のための不可視で、触れられるような実体なんてない、どうしようもない何か、であるだろうと少年は把握していた。


 一切、言わなかった。漏らさなかった。そこだけは、一線を引いて、少年は守っていた。()()()()()、自身のまだ始まったばかりの人生ではあるが、その節目節目で、類似の感覚があったことを、少年は把握していた。


 抱え込む、秘密。それは自身の問題で。しかし、ここにきて、自分だけの問題でもなくなった。しかし、言ってもどうにもなる類ではない。


 リールが、自身に並んで、不吉を感じていたのだから、恐らく、感知はしているのだろうと少年は考えた。しかし、だからこそ、不吉の予兆を、不吉の確定、にする訳にはいかなかった。


(あの感じが来るんやったら、分かる、はずや。あのときとは、違うんや。そばにおる。失くしたくないものは、そばにあるんや。じゃあ、守れんと、何もかも、()や……)


 少年は複雑な気分だった。今リールがのびてねむってくれていることを幸運に思いつつも、それ故に、不安は増大していた。


 だからこそ、少年は、感覚とそれの集中に実直になっていた。浮き足立つこともない。リール以上に、色々なことに気づき始めている。


 それらには何も矛盾むじゅんはない。






 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、


 左は壁。正面もかべ。だから右へ行く。進んだ先は、開けた空間だった。そこだけ、農具などの山はなく、スペースは開けられていて、一つの椅子いすつくえがある。その上には乱雑に散らばった紙片が。


 羽ペンが転がっている。先は乾いていて、長い間使われてないのかと思いきや、つくえの上も椅子いすの上もほこりなんて被ってはいない。農具にはさびつきやほこりはちゃんと見られたというのに。


(……。これは、見るだけで済ませる訳には、いかへん……な……)


 だからこそ、少年は悩んだ。意味もなく考え込み、じっとしていることすら、怖い。今何も起こっていないことは、次の瞬間に何か起こってもおかしくはない、ということだ。何も起こらないまま終わるだなんて到底考えられないのだから。


 きっと、感じる気配から、逆探知するように、予兆は感じ取れるくらい今は自身が研ぎまされているのだと少年は分かってはいたが、いたが……、そんなもの、行動が一手遅れただけで、吹き飛んでしまうだろうわずかなマージンでしかない。


 すぅぅぅぅぅぅぅ――、はぁぁぁぁぁぁぁ――


 大きく息を吸って、そして、ゆっくりきながら、全身の力を抜き切らないように、少しばかり、弛緩しかんする。


 トクン、トクン、トクン、トクン、――


 背中越しに、リールの拍動はくどうが聞こえてくる。柔らかさの向こう、熱と共に、それは確かに止まってなんていない。


 少年は、左後ろを向いた。そこには、背負ったリールの顔がある。まぶたは確かに、閉じている。


 スゥゥ、スゥゥ、スゥゥ、スゥゥ、――


 呼吸の音と共に、健康無事を証明している。そして、まだ目を覚まさないだろうことも。そうして、木を取り直して、少年は辺りを一瞥いちべつした。


(あやしいとしたら、やっぱり……このつくえの上、やろうかな?)


 結論は変わらず。


(危険は、この建物の中には、無い。来るなら外から、や)


 わざとらしく強く頭に浮かべてみるが、感じる視線に微塵みじんも変化も揺らぎもないことを確認した少年は、


 ギィィ、スゥゥ、ズッ。


 リールを椅子いすもたれさせるように座らせ、その寝顔を眺め、一瞬の間に、思う。想う。


(分かってる……。とち狂ったくらいに危ない橋を渡ってるんやって。……後で、しかってな、お姉ちゃん……)


 そうして、少年はつくえの上の紙片に、目を通し始めた。 


 ぺらっ、


(【XXX周回期 収穫終了記録所見】。周回期? なんか聞いたことない単位やなぁ。……何いってるかまるで分からんわ。……次、やな)

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