第四十話 緑青
「おい、お前、大丈夫か?」
「うう……。」
青い髪をした、中性的な見かけをしている。白い布と金属と紐でできた日常用か戦にでも行くのかよく分からない独特な服装。それは既存のものに例えると、古代ローマの服装に近いかと思う。まあ、髪の色がそれとは違うがな。
「おい、おい!」
海岸に打ち捨てられていたこいつを俺は運んだ。少しうめき声を上げたそいつはそのままぐったりとしてしまったからだ。
「お、目ぇ覚めたか。」
船内のベット。他の船員たちは島を探索しており、そこにいたのはたまたま俺だけだった。当時から俺は釣人旅団の船員だったのさ。まあ、このときは俺、ただの下っ端だったけどな。
「ここは? どこなんだい?」
あまり同様してる様子は見られない。なんでこんなに落ち着いてたのかな、こいつ。声も中性的だった。
「北極付近の無人島だ。」
「……なるほど、分かったよ。」
少し言葉に詰まりつつ、状況を理解したようだった。
「で、お前名前何て言うんだ? 俺の名前は、島海人だ。」
「……カイト、僕の名前は……、分からない……。」
『おいおい、こいつまさか?』
「じゃあ、お前どこからここに流れ着いたか覚えてるか?」
「……いいや、分からない。」
「年齢は?」
「分からない」
「お前、記憶喪失なんだな。」
「どうやらそうらしいね。」
そう焦っているように見えないこいつ。困った顔色一つせず、笑顔だったんだよな。俺は戸惑ったよ。記憶喪失で、身元不明の人間を前にして動揺する俺の前で凄い堂々としてるのよ、こいつは。
しばらくして、他の船員たちも戻ってきた。で、事情を説明して、こいつも船に乗せてもらうことにしたのさ。
「おい、海人。こいつ記憶喪失なんだよな。名前すら覚えてないんだよな。」
「ああ。」
「お前がこいつに名前つけろ。名無しじゃあ不便だからな。」
「そういうことだから、名前つけちまうけど、いいか?」
「任せるよ。」
楽観的なもんだ。俺が変な名前付けたらどうするつもりなんだ、こいつは……。
「花緑青。苗字が花、名前が緑青だ。お前の髪の色。エメラルドブルーだろ。そこから取った。字で書くと、こうだ。」
俺はその辺にあった紙に鉛筆でその名前を書き込み、そいつに渡す。
「日本語通じるなら、まあこれで大丈夫だろ。ということでよろしくな、緑青。」
「……まあいいかな、それで。よろしくお願いするよ。」
緑青は、少し上を向き、考え込む。そして俺の方を向いて、笑顔でそれを受け入れた。今でも忘れねぇ、初めて見たあいつの笑顔だ。
船員たちの歓声とともに緑青は俺たちの仲間になった。
それからは、再び船旅の始まりさ。俺たちは船に乗って遠出していたのさ。モンスターフィッシュの調査のためにな。今の団よりも実力者が多かったからな。外洋に出てのモンスターフィッシュ生態調査を依頼されていたのさ。それも北極付近のな。
この時代の極付近は、すっかり暖かくなっており、冬であっても海面が凍らないようになっていたのだ。氷河全融解後、海流の大幅な変化による気候変化に見舞われ、これまでとは違った気候を持った地域が増えており、ほんの一部の場所しか冬であっても氷に覆われなくなっていたのである。だから、冬であってもほとんどの場所の航海が可能であった。
そこで二人一組になって他の船員たちは竿を垂らしてモンスターフィッシュを次々と釣り上げていたんだが、場所が場所だけにかなりの頻度で新種が釣り上げられてたんだ。
だが、俺はその釣りにこれまでは参加させてもらえなかった。パートナーがいなかったからさ。釣りを始めると向こう見ずになってしまう俺をコントロールできる船員はその中にはいなかったのさ。
俺は当時から突発的な行動をするタイプだったからな。だから、考えが読めず、対応できなかったらしい。
数ヶ月が経過し、緑青も船に慣れてきた。そんな時のこと。緑青が俺に提案してきたのさ。
「ねえ、カイト。僕のパートナーになってくれないか? 僕も釣りがしてみたいんだ。」
「緑青ぃ、お前さ、分かってるのか? これは遊びじゃあねえんだ。最近お前がはまっている雑魚釣りとは違うんだよ。命がけの、"狩り"なんだよ、これは。」
「でも、君さ、いつも見ているだけじゃないか。すごくうらやましそうに他の船員さんたちを見ているだけでさ。なんでやらないのさ。」
俺は緑青に話した。俺のパートナーが務まるやつがいないことを。
「じゃあ、なおさら僕でいいじゃないか。君、僕のこと凄く分かってるよね。僕も君のことはこの船の中で一番分かってるつもりだよ。だって、ほぼずっと君が僕についてくれていたからね。君の考えていることなんて手に取るように分かるよ。」
こいつ、他の奴が気づかないようなことまで全部気づくからな。俺はみんながモンスターフィッシュを釣っている間、ひたすら雑用をしていて、じっとしていなかった。視線をみんなの竿に向けるのも一瞬だ。それをこいつはしっかりと捉えていた。
「じゃあ、試しにやってみっか。よろしくな。」
強くお互いの手を握り、俺たちは船長の下へと向かう。船長の許可がなくてはモンスターフィッシュ用に用意された釣竿が使えなかったからだ。
そして、これが俺と緑青がパートナーとして初めての釣り、モンスターフィッシャーとなる釣りになる。




