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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
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---126/XXX--- ウェット・ロード・ホームランド 後編

 振っておいた少年もその話自体は掘り下げたくなくて、リールもそうで。それはやぶをつつく話だ。展開は目に見えている。それは知識の問題で、なら、もしもシュトーレンがいたなら、という流れになることは分かり切っていた。


 不安故に口火を切って、導火線は走り、鬱々《うつうつ》しさにまれるかも知れない。そう思っていても、沈黙している方がずっとずっと、息が詰まりそうだった。きっとそっちの方がずっとずっとろくでもない。


 抱え込んだことこそが、先の失敗を生んだことを二人は痛感していた。


 だから、少年はしゃべること自体は止めようとしないし、リールも話題の選定に口出しする以外は、少年のそれに乗ろうとしている。だから、


「ここの季節って春の終わりなんか、夏の始めなんかどっちなんかなぁ」


 少年のこんな無理な話題転換にも、


「私はどっちでもないと思うわ」


 そんな風にリールは自然と乗る。すました風にそう答えることこそが意思表示だった。


 二人共動じていないし、不安を押し殺している様子もなかった。今のところ、起こった変化は風が止んだことと、地面のぬかるみだけであるのだから。それでも油断は無い。こうやって二人が話しているのは、普段通りの気分を、感覚を、形成して維持するためだった。


 不安は、この空間以前にいたときと比べたら、遥かに小さい。今二人が抱えている不安なんて、これまでと比べたら、不安と言うのもおこがましい位に、二人の心はまるでふらついていないのだから。


 これは、不吉の予兆をひたすらに感じ続けている、しかし、何も起こっていない。そんな程度の不安の種、でしかない。


 何とかする手段は、それが芽吹く時まで何もない。だから、それをできうる限り万全な心境で迎えようと二人は口に出すまでもなく、二人揃ふたりそろって努めていた。


「じゃあ、何なん?」


 少年は年相応の子供らしく、あどけなくそう首を傾げて、リールを見る。


「言ったでしょ? どっちでもない、よ」


 リールは微笑ましいものを見るかのようにそう笑い返した。


「それ、答えになってなくない?」


 少年はただ、そう首を傾げた。そこには食い気味な感じも、苛立いらだちも、微塵みじんも含まれていない。


「そんなことはないわよ、ポンちゃん。ここは、春でも夏でも秋でも冬でも、それらの境目でもないってことよ」


 だからそれは二人にとっての、作為無き楽しいおしゃべりだった。楽しくしたかった。だから二人揃ふたりそろって楽しんでいる。たったそれだけのことだ。


「う〜ん……。どゆこと?」


 少し考え込むそぶりを見せたが、少年はそれは考え込むよりも、リールの答えを聞きたかった。詳しく。詳しく。とんちではなく、正誤ではなく、答えを詳しく聞きたかった。


 きっとそれは自分の知らない何かなのだと。ちょっとわくわくしていた。純粋に疑問、だった。春のような、夏のような、けれど、そのどっちでもない、いや、それどころか、秋ですら、冬ですら、ない。


 くもりなきまなこで少年はリールを見つめた。


「えっとね、」


そうリールが言い出そうとしたところで、少年はばっと制止して、


「お姉ちゃん、ちょっと待って! なんか浮かびそうなんや、もうちょっとで。うぅ〜ん」


 また考え込みに戻った。リールはそれを微笑ましく見ている。


(気づくかな、ポンちゃん。季節って言うのは、()()()()()()()、季節、なんだよ)


 そして、


「あっ、“あきはる”だぁっ!」


 耳にした答えに拍子抜けする。それはとても子供らしい答え。頭を使うところでは子供らしさなんてあまり見せることのなかった少年が、見せたその子供らしい、如何にも思いついたままな、自由奔放じゆうほんぽうな答えに、


「あきはる? あっ、秋春! 秋と春ってことねっ」


 リールはうれしそうにそう少年に要約して、それで合ってる? と尋ねると、少年は、うんうん、と元気よくうなづいて子供らしく笑った。


 春と秋が同時に来るなんてことは本来、無い。そしてそれは想定していた答えではなかったのは明白で。しかし、ある意味それは別解に成り得る回答でもあった。


「そうよっ。それよ。このポカポカ陽気と虫たちは春。けれど色とりどりの花はなくて蝶々《ちょうちょ》もいないわ。ところどころに広がる黄金色こがねいろ稲穂いなほはまさに秋、よね。ポンちゃんは、秋が強めと思ったのかしら」


 だからリールはとことん乗った。そして、


「うん。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()って、僕は思うよ」


 少年の声から軽さが消える。


 ヌタッ! ……。


 少年の足が、止まる。


 

 ズヌッ! ……。


 リールの足も、合わせて、止まった。


「ちょっと気引きめないと行けなさそう。だって、ほら――」


 少年は前方を指差す。


「あそこの家、入ってみようよ」


 そこは、数十メートル前方に見える、古びた納屋なやのような、側面に風車を付けた家屋、だった。


 唐突にも思えるような、しかし、合わせたようにもみえるような少年の申し出に、リールは少年のこの会話の意図と言葉尻ことばじりの意味を理解した。


 道に面したその家の入り口あたりには、褐色血色かっしょくちいろで何やら文字がぎっしりと記されているのが、リールの目に、入った。

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