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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 最終章 それはXXXの時間の檻
407/493

---124/XXX--- 牧歌の残景地

 二人は戸惑いを浮かべ、無言で、立ち尽くす。相手の言った言葉の意味はまるで、理解の外。


 こちらに向けて言っているのに、対象としているのは明らかに今の二人ではないことに二人は未だ当分先まで気づくことはない。


 そうして、ぼぅっと突っ立ったままだった二人は、示し合わせるでもないのに、同時に顔を上げて、ごく自然に互いの顔を見て、


「……。行こっか、お姉ちゃん……」

「……。そう、ね……」


 二人は顔を見渡して、


 コト、コト、コト、コト、

 コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、


 だらり、だらり、と歩き出した。


 少年の方が、少しばかり遅れ気味に。


 二人はきつねにつまされた気分のまま。しかし、そう言うならば、きつねはもう、立ち去った。


 光景もそれを証明している。


 やみは晴れ、また、青く深い、海の光景。そして、今は見えている。ずっとずっと遠くに、青白く見える。この道の先の先。海中にそびえる巨大で横に扁平気味へんぺいぎみ楕円体だえんたいな建造物の形が確かに見えている。


 そして、上方向に、柱のように何か、伸びている。その果てはうかがえない。一方、下方は見えない。途切れるように、闇にまれて、見えない。


 しかし、きっと上方向と同じように、あるのだろう。


 さっきまで周囲を包んでいたようなやみが、下方向には広がっているのだから。しかし、先ほどの耳にした言が本当ならば、意味あるものなのならば、それは、上に続いているらしいという現実と同様に、見えずとも、下のどこかへと続いているに違いないのだろうと二人に理解させていた。


 コト、コト、コト、コト――

 コト、コト、コト、コト――


 そう掛からず歩調はそろって、そして、


 フゥォッ、パチィョォンッ!


 何かが弾けた、音がした。


 どんより響く重低音は終わり、


 フゥオゥウウウウ――、サァァァァ――、ピィ、ピィッ、バサササササッ――、ゥオン!


 穏やかな日常と喧騒と陽だまりに包まれた、暖かな場所に、二人は、在った。







 


 クゥ、キキキッ、バサササッ――


 穏やかな空模様の中、遠く、鳥が飛ぶ。


 波の音は無く、陽だまりが一帯を包んでいる。本来、その外は海のはずなのに、見えるのは空。海なんて何処にもありはしない。いそにおいは微塵みじんもない。


 二人はあっけにとらえていた。


 無言、だった。


 予想だにしない光景が待ち構えてはいたが、そこで待ち伏せていた存在など、何もない。


 穏やかな緑と平地、時折山と、そして、茅葺かやぶき屋根の家。点在するそれらの遠方に見える、遠すぎて小さく小さく、しかし、見えてはいる、街。


 農村と、地方の町。昔の絵本にしか無いような、海のない、稲穂色と陽だまりに染まった光景。何より――()()()()()()()


 開けた場所であり、さえぎるものなど何もない、なだだかな丘の頂であるそこから、一周一望する景色に存在する青は、空のそれだけ。


 それが見えている通り、感じている通り、であるとは二人は到底思えなかった。思う訳にはいかなかった。しかし、真向から否定するような気はどうしてかかない。


 ただ、困惑していた。困り果てていた。思い悩む、という風ではない。それは、かすかな戸惑い。


 二人共、大きく、呼吸をしている。ゆっくり、ゆっくり、吸って、ゆっくり、ゆっくり、く。それは少しずつ、小さくなっていき、やがて普段のそれに落ち着く。


 息をするごとに心が安定してゆくことに二人は違和感を感じなかった。それでも、


「次から次に、一体何なんやろうなぁ、お姉ちゃん」

「そうねぇ」


 二人共、自身が思っていたより一回りも二回りも、これまでと比べて動揺が小さいことそれ自体に戸惑っていた。互いの顔を見渡して、相手の言葉を咀嚼そしゃくして、相手も同じ気持ちなのだろうと、り取り通りに受け止める。


 フゥオゥゥゥゥ――


 そよ風が、吹く。


 そのまま沈黙――とはならなかった。これまでの二人ならそうなる流れだったが、そうはならなかった。


「けどさ、こんなにひっきりなしならさ、もう、どうでもよくならない?」


 口を開いたのはリール、だった。少年よりも少しだけ大人の、リール。だからこそ、立ち直りは、開き直りは、少年よりも早かった。


 考えても無駄なら、それに固執し続ける必要なんてないのだ。現時点では結論は出せない。何も答えなど出はしないのだと分かり切っているのだから。何せ、答えの前に来るはずの、問い、ですら、未だ。


「えっ?」


 少年にはまだ早かった。


「ポンちゃんの言う通りだってこと。後ろ向きに気にするより、前向きに楽しもうってね」


 それでも、もう本当に久々になるかのように、懐かしさすら感じる、その安心できる自然な笑顔を見て、それでも分からない少年ではなかった。


 それを聞いて、ぽかん、とした少年は、目からうろこが落ちたかのように、表情が、変わる。


「おっ? 俺、そんなこと言ったっけぇ〜?」


 気づけば自然といつものように、そう口にする少年の口元ははにかんでいる。表情からこわばりは消えていた。


「ふふっ。言ったのよ、きっと。じゃ、行きましょっか、ポンちゃん」

「そやなっ!」


  何処へ行くか、なんてわかり切ったことは口にしない。二人が目を向けた先。それは、遥か遠望、そこに在る街。長く続く草の緑と明茶の土の田舎道のはるか、先。


 そうして二人はまた手を繋いで、そして今度はそろって心から笑って、歩き出した。

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