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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第四章 操者の糸の果て

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---117/XXX--- まるで苦しむために目を開けた

「さて。あとは、この二人が、収蔵物になるか、生きて、深淵しんえんへの岐路に立つことができるかどうか」


 リールが狸寝たぬきね入りした訳ではなく、意識をちゃんと失っているらしいことを確認し終え、老人改め魚人青年を手繰っていた、いつどうとでもできた、この事態の黒幕は、支配権を回収したその体で、帰路に就く。


 ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、――


「目を覚ますことを、もう一度立つことを個人的には望むが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その目は薄いだろう。せいぜい、余興にでもなってくれればよいが」


 ザサッ。


 半ば砂を被った蔵書庫前広間の床面に踏み入ったところで、黒幕は足を止めた。後方の二人の方を振り向いて、


「個人的には、期待して、待っておるよ」


 意味のない言葉を投げかけて、また、背を向けたかと思うと、


 フゥオン。


 その姿は、突如、消えた。


 そして、そこにあったのは、穴。地底へと続くかのような、底の見えない大穴が、ぽっかりと空いていた。黒々と、どこまでも続くように見えるその穴からは、海水が流れる音は、しなかった。


 ごぅん。ごぅん。


 ただ、低く腹に響くように反響する音が、絶えず、ゆっくりと続く。


 ゥウウウウウウウウウウ――


 黒幕は、その中を落下していっていた。最初から予定していた通りに。そうして、やみの底へと、消えていった。


 そして、穴の上、リールたちのいるドームの地面では、


 ゴォォォォォォォ――


 直接的なその場での干渉が終わったことを示すかのように、これが整えられたいた舞台であったことを示すかのように、揺れが、再開する。


 ピリピリピリ、ザァァァアアアア、ビシッ、ピリピリピリッ、パリッ、――


 上空のドームが、いよいよ罅割ひびわれ始めた。もう、奇妙な守りなんてなく、それは本当に、破損していっているのだ。海水が、今度は本当に、調整無しに流入し始めてきていた。実は多層構造をしていたドームの外壁のうちの最外殻を破って、圧による侵攻を始めていた。


 しかし、その音を、本当に気を失っているリールは認識していない。






 ゴォォォォォォォ――


 ドームの上空は、波色の海水の侵攻により荒れており、その流入音と、そもそもの罅割ひびわれが始まった原因である揺れの再開による轟音ごうおん融合ゆうごうし、リールが倒れている場では、絶えず鳴り響いていた。リールは動かない。動く理由なんてもう無いのだから。


 意識の有無など関係ない。


 たとえ先ほどの閃光せんこうが無かったとしても、きっとそのひとみは、映すものを視認していない。耳は、音を吸いつつも、意識には届いていない。思考は、止まっている。その精神は真っ白に、灰に成り果てたのだから。


 そう。意識があろうとなかろうと、結果は変わらない。


 ゴガォォウウウウウウウウ――


 一際大きな、大地を下からりあげられるような振動。そのあまりの衝撃に、無防備な、少年だったものが、無抵抗に、舞う。


 数メートルの、上昇。それだけ軽くなっていた。肉体は文字通りしぼかすになっていた。


 ゥウウウウウウ、ドバチャッ、ズスッ。


 再び地に、落ちた。跳ねて、着いて、少し、埋もれる。四肢ししは、さらに歪によじ曲がっていた。背は、角度をつけ、折れ、ねじれ、曲がった。リールはそれでも命が抜けたかのように動かない。


 ゴォオオオオオオオオオオ――


 ドームは徐々に折りたたまれるかのように収縮していっている。まだまだ壁は遠いが、それらがぼやけず見える距離になっているのだから、もう、そう時間はない。


 ビシビシビシィィ、ゴボォォンンンンン!


 現に、今、構造物の本格的な破損が始まった。塔の頂が、圧によってへこんできていた天井につぶされる。多層構造に加え、内側に実は、柔軟な構造を持ち合わせていた、ドームの天井、透明とうめい外壁がいへきも、そろそろ、形を保っていられなくなってきていた。


 ブゥオゥゥ、ザッ!

 ブォォウゥ、ザァァンンン!


 二人をけて、それらは落ちる。






 やっと、リールは目を開けた。塔の頂の断片の、着地のほんの数秒前に。落ちてくる断片が見えた。それは、とてもとても、ゆっくりに見えた。


(……)


 ただ、目をつぶった。穏やかな気持ちに包まれた。


 ……。当たらなかった。当たってくれなかった。生きて、いた。まだ、生きて、いた。生き永らえて、いた。もう、そんなもの望んじゃいないのに。


 目を覚ましたのは本当に、偶々《たまたま》だった。死んだ訳ではなく、目覚めを拒絶する強固でかたくなな意思がある訳でもない。身体が危険を感じた訳でもない。それは、今のリールにとって、意識せずとも望みであって、危険ではない。救いそのものなのだから。


 しかし、救われなかった。なら、受容すべきは、地獄じごく。そういうことだ。自死する気力すらない。涙は、心からすら、れている。悲しみすら、ない。


 命あろうとも、もう、その心は壊れて、いる。


 だから彼女は、上を、見た。仰向けだった自身の身体は動かず、だから、見た、という意識はない。ただ、そうなった、というだけだ。


 ゴォォォォォォォ――

 ザァァァァァァァァーー


 ドームのようだった透明な天井は、すっかりその外殻を失い、海が、押し寄せて、変形していた。不可視な幾重もの膜が、天井に張り巡らせられていて、そんな膜が、たぷんたぷんになって、はちきれそうな水風船のように、ところどころ、なっている。


 バチンッ!

 ザァアアアアアアア――


 それらは、押し寄せてくる水の重みで広げられ、やがて破れ、流れ出てきた水は、またその更に下にあった不可視の膜の存在をあらわにし、の繰り返し。そうして、少しずつ、しかし着実に、侵攻してきていた。らすように、終わってくれない。終わらせてくれない。


 ただ、意識が、薄れる。かすむように。目が、光景を認識することを、止めた。耳が、徐々に、音を小さく小さく、切り詰めていって、ぷつり、と途切れ、それと共に、意識は、無に、溶けた。






 繰り返す。


 死んでいない。死んだ訳ではない。だから、地獄じごくは、来る。リールの味わう地獄じごく。それは、この先にある。


 それは、この光景では決してないのだ。リールにとって、辛いこと。それは何か。そこから手繰っていくと、明らかだ。意識が、意味が、消失するような、衝撃を、刺激を、絶望を、幸福を、与える対象。リールにとってそれは、今の今まで、()()()()()


 聞こえない筈の、音が、した。小さく、うごめく、音が、した。砕け、飛び散り、引き裂く、音がした。


 開かないはずの、目が開いた。それは、奇蹟きせきと絶望が、同時にやってきたような――


(あぁ……、そんな……)


 いや、地獄じごく、だった。形成された認識と共に、それは、始まった。きっと、実際はもう少し前から始まっていただろうが、リールがそれを認識した今こそが、地獄の始まりだった。それは、リールにとっての地獄じごく


 今この場においての、意識ある、と言える者は、リール、ただ一人。それは救いようのないくそったれな光景でありつつも、奇跡のような再生の光景。


 リールが意識を取り戻す原因なんて、ただ一人しか、いない。


 だからこそ――それは、奇蹟きせきを伴った地獄じごく、だった。

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