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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第四章 操者の糸の果て
399/493

---116/XXX--- 黒幕はそこで終いと幕を下ろした

 決着は、ついた。終わったのだ。()()()()()()()()


 起こった事実だけを述べるならば、それまでの激しい衝突の連続とは違って、とてもあっさりとしていた。


 少年の一振りがシュトーレンを巻き付くように拘束し、そのすきをリールは見逃さなかった。過集中のため、何事かは分かってはおらずとも、不意に訪れたそれに体を合わせ、前のめりに倒れてきたシュトーレンに向けて、リールは終わりの一撃を放った。


 先ほどの致命の一撃で作った風穴から横薙よこなぎに入り、振り抜き、残っていた肉を裂き、背骨に到達し、それを砕き抜いて、振り抜かれた。


 たった一撃。つい直前まで、もうどうすれば倒れるかなんて想像すらつかなかったそれは、もう、起き上がってくることはもう、無かった。






「ポン、ちゃん……」


 それは、少年の一撃が決定的なチャンスを作り、リールがそれを逃さずものにしてみせた後、数分の沈黙ちんもくの後、熱が散ったリールが我に返りざまに、口にした一言。


 駆け寄ろうとしていたその足は止まり、どんよりと、どうしようもなく重くなって、動かなくなって、数分の沈黙が続いて、ようやく口から出た言葉がそれだった。


 そこはもう、静寂せいじゃくの砂浜。だから、しぼり出したかのような、途切れ途切れのはずの消え入るようなその声をき消すものは何もなかった。


 うつ伏せに地面に伏し、ひしゃげた右手を伸ばし、光を失った両目を開いたまま、頭を上げたまま、動かなくなっている少年を、我にかえったリールは、数メートルの距離から見下ろしていた。


「……ォ……ン……、う"……ごが……」


 もう、短い少年の呼び名すら、まともに声にならなかった。


 ザザッ。


 くずれる。ひざからくずれ落ちる。


 ザサァァ……。 


 上体も、倒れ、両手が砂に埋もれ、前滑り、前腕、そして、ひじまで埋もれて、止まる。しりを突き出すように四つんいになって、力無く頭を垂れる。もう、そんな姿勢を見られることを恥ずかしがる対象の相手はもういないのだから。


(なに……? なんなの……? どうして、どうして――こんなことになってるの……? ……。なん……で……)


 頭の中はほとど真っ白で、浮かぶ言葉は如実にリール自身の困惑を示していた。そこから考えは先へ進まない。


(なんで……、どうし……て……。 ……。…………。………………)


 思考を浮かべようとしても、すぐに崩れ、まれるように消えるのだから。きっと、認識し終えるだけで、自身が壊れてしまうと無意識に自覚して、ブレーキが掛かる。そんなこと、望んでなんていないのに。きっともう、そのまま壊れてしまいたいだろうに。


 楽にならないで苦しみに耐えても、その意味はもう、無いのだから。


 そして同時に、それが悪足掻きのような時間稼ぎでしかないということも無意識にさとっていた。しかし、あきらめきれない。とうに、終わってしまっているのに。認められない。認められるはずなんてない。


 ポタッ。


 涙が、落ちる。


 ググググググ。


 震えながら頭を上げて、左手を伸ばして、けれど、届かない。分かりきっている。物理的な距離の話ではない。近くて、遠い。触れられない。それでも――、


 ザザッ、ザザッ。


 左手を少年の方へ伸ばしたまま、近寄ろうとしての三つ足の歩みは、一歩、二歩、で止まった。止まってしまった。


 そう。近くて、遠い。あと数歩で触れられるのに、事実、届いていない。触れられない。遠いのだ。


 認識、してしまった。意識、してしまった。歩みを止めたことが、止まったことが、その証左。


 自分に――その資格は無い。


 ザッ。


 伸びていた手が、降りた。震えは、止まった。力込めずとも、そのままで姿勢は安定してしまっていた。首は、落ちない。目の前の、少年だった物体を、見ていた。


 ひどい有様だった。


 原型は留めているものの、辛うじてバラバラになっていないだけといった位に襤褸切ぼろきれになっていた。ほとんつぶれたような肉と骨と筋と皮のかたまりに成り果てていた。


 体中の蓄えという蓄えをすべてしぼりきったかのようにせ細っており、鼓動こどうを止め、光を失った目で、安堵あんどを口元に浮かべ、停止しているのだ。


 肉と脂が粗方弾け散った後の残骸ざんがいのような、残った骨と筋とわずかの皮でつながった、よじれ曲がった右手を伸ばして、頭を上げて前を見て、地面にうつ伏せている、少年だったもの。


 すぐ、前にいるというのに。


 すぐ、前にいるというのに。


 二人の間、あと数十センチ、どうしようもなく――遠い。


 もう、リールには、自分のせいで、なんて言葉すら浮かばない。本当の絶望とは、そういうものだ。振り返るものすら、ことごとくチリになってしまったかのように。


 いつの間にか、もう涙も出ない。力が抜け落ちる訳でも無い。時が止まったかのように、なにも浮かばず、何も動かず、何ももう無いのだということだけが、一瞬、認識として込み上げては、無に飲まれる。


 そんなことを繰り返して――もう、頭の中は、真っ白で、何も、ない。


 そんなになったところで、()()()()()()






 バサァァァァンンンン!


 それは遥か上方から現れた。リールの前方少し離れて、砂が高く巻き上がる。


「御見事」


 ザサッ、ザサッ、


 収まった砂煙の中から、それが姿を現す。リールに反応はない。微塵みじんも、動かない。支店は、転がった少年だったものに固定されたままだ。


 だから、そうやって降り立ってきた存在の様子の変わりようにも、このタイミングで現れたことにも、触れられることはない。それが、あの、老人改め、魚人青年の姿をしているというのに、先ほどこの場を離脱していった時とは、気配も、対応も、別人のものであったことに。


「燃え尽き、灰になったか。それでは褒美ほうびの言葉も届かないではないか。()()()()()()()よ」


 それはそう、リールに向けて言ったのだが、変わらず、全く反応はない。それでも別に構わないのか言葉を続け、


「ただ、手放しで施してやるには足らぬ。これが秘匿ひとくしていた知識と技術の姿形が、お前たちあってこそ明かされたことを勘定しても。なれば、カケラ一つ。はかりの、時間の制限を。気づかねば、動けねば、()()()()()()()()()()。救えなくば――二人もろとも、ここまでだ」


 カッ。


 閃光せんこうほとばしった。ひとみに何も映らない訳では無いリールは、


 パサッ。


 それに巻き込まれて意識を失い、倒れた。

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