---113/XXX--- 亡霊故の虚ろな欲
(馬鹿な……。馬鹿な馬鹿な馬鹿なあっっっ! 何故、だぁぁっ!)
ドーム。書庫上部。普段であれば入口出口のない、隠された第二の管制室。
そのモニターの前に立ち、魚人青年は狼狽えていた。
この今の変形機構が作動した状態のみ開かれる頂に現れる、下からはその存在を伺えない開口部から入ることができるそこに、外壁から登り入って、追ってこられないことにほくそ笑みながら、到達。そこまではよかった。
しかし、そこからだった。
自身が手にするつもりの少年の身体が、潰れ、台無しになったかと、声も出ないほどに絶望したのも束の間。
自身が、失ったものを、何故か、眼前の、自身にとって唯の肉の身体のキャリアーでしかない少年が手にしていて、再生のような復活をまさに今遂げ、その身に復活不滅の因子が宿ったことを見せつけてくるのだから。
下の様子をモニター越しに見ていて干渉の絶好の機を伺っていた老人もとい魚人青年は顔を引攣らせながら込み上げてくる怒りに震えていた。
(あれは、儂のものだ。儂だけのものだった筈のものだ。今儂の手にすらないあれが、どうして、あんな小僧に宿っておるっ! 分化能。再生能。持続性。形状保持。どれもこれも完全ではないかっ! あれは、儂だけの、儂にだけの、不死。その筈なのだ。もう、失われた儂の身体にだけ唯一適合させた、儂だけの、不死ぃぃっ! 変質したのか……? 長期の保存による影響は未だ試せてはおらんかった。あり得る。在り得るぞっ! ならば、なれば――やはり、あの小僧の身体は、儂のものだ。儂にこそ、相応しい。儂のものだぁぁあああっ! 定着してしまう。速度だけが、儂の知る、完成の水準に未達っ! が、到達する。きっと、そう遠くないっ! ひとたびそうなれば、もう――奪えんっ……!)
カタカタカタタタ、カタタタタタタァン!
(と、いうのに。だというのに……どうして、どうしてだぁぁぁっ! 何故動かん、ガラクタぁぁぁっではないかぁぁああああっ! これではぁああああああっっっ! でぐのぼう、ではないかぁあああああああっっっっ!)
魚人青年は、苛立ちを募らせながら、自身の操作を受け付けない、未だ制御の大半が戻らない、目の前のコンソールに乱暴に指を走らせる。画面に映る、致死からの逃避を、再生を、成し遂げたその身体を、喉から手が出るほど欲しいのだ。
嘗て自身が持っていたそれを。当然のように、手中に、収まるべき自身の手に収まらなければ気がすまないのだ。
魚人青年は、血滲むような眼で、ぐわんと食い入るように見つめながら、手つきはどんどん乱暴になってゆく。
カタタタタ――タァンンッ!
(何故だぁぁぁっ! 何故ぇ、何故ぇぇぇっ、制御が戻らぁぁぁんっっ! どうしてここまで儂を、虚仮にするぅぅっ! あれは、儂のものだぁぁっ! 儂だけのものだぁぁっ! 運命めぇえええええっ! 世界めぇええええええっっ! 邪魔をするなぁああああああああっっっっ!)
魚人青年は、苛立ちを自身の中で反響させながら、自身の操作を受け付けない、未だ制御の大半が戻らない、目の前のコンソールに、まだか、まだか、まだなのか、と悪足掻くように指を走らせる。命令羅列の数々を、何度も何度も総当たりする。
(あれでは、暴発ではないかぁぁっ! 蒔が無ければ火は、続かぬぅぅっ!)
「がぬぬぬぐぎぎぎぃぃ……。今の、儂には……、あの中に混じって全て手にする力どころか、隙を見て掠め取る最低限の力すら、無ぁいいいいいいいぃぃぃっっっっ!」
とうとう、声に出る。できないことは、知っていた。それでも、到底、諦められようものではないのだ。
ダッ、ダンダンッ、ガラララッッ!
幾度か振り下ろされた上体。そして、コンソールの上のキーをガラララと鳴らしながら、魚人青年はうなだれる。
目の前で起こることに振り回されている。当然だ。嘗てと違い、こう成り果てた今となっては、この男は、この男自身が口にする高みにはいないのだ。薄っぺらく、軽くて、流されやすくて、虚ろ。
何せ、この男の根幹と為す記憶には、根が無いのだから。
自身の思考が、思惑が、記憶が、認識が、矛盾し、ところどころ崩れていることにすら、小賢しい筈の、この男はどうしてか認識できていない。
不死。そんな肉体。自分だけ。自分だけのもの。そんな考えが今、男の中の全てだった。そこには、嘗て愛した女が為と理由は、微塵も結びついていないかのように、まるで、無かったかのように――顧みられることは終ぞ、無かった。
真にこの場で最も愚かな者であるこの男は、自身がとうに、道化にすら満たない、色褪せてた、唯の亡霊でしかないととうとう、最後の最後になるまで、気づくことは無かったのだから。
何故、この場にいるのか? それは、自身の能故ではない。至らぬから、ここに封じられた。だから、何故この場にいられるのか? そう、気づけなければ、始まることはない。何が、とは言わない。この男には、何れにせよ、少年、リール、シュトーレンの三人の誰よりも、とうに、未来は――無いのだから。




