---112/XXX--- 再生不屈
ブゥウウウウウウウウウウウ、
上昇してゆく中、
(伝わ……ってる……かな……)
少年は、そう、望みを、託す。もう、声は届かない。そもそも、出せる体の状態ではない。この上昇負荷すらも少年の意識を揺らす。
ウウウウウウウウウウ…―、
上昇と落下の力が釣り合う、地上から数十メートルの遥か上空で、止まる。
……。
無音。しんと、静まり返る。そんな中で、
ボホォオオンンンンンンン、ゴビチャァアアアアア!
遥か下から、激しい炸裂音が鳴り響いてきた。
(流石……。お姉ちゃん……やで……)
少年は、碌に見えなくとも、鮮明に想像できた。リールによる、骨どころか、その下の臓物までぶっ潰した、ぶっ飛びと自身の右足義足による強烈な足裏での蹴りによって、シュトーレンの右脇腹から、右胸下部辺りまでが、砕け、裂け、潰れ、流れ、垂れて、炸裂した瞬間を。
ほっと、した。
力が抜ける。意識は、穏やかに、消えてゆき…―
(も……う、お姉ち……ゃんだけ……でも……だい……じょう…―)
ビュゥウウウウウウウウウウオオオオオオオウウウウウウウウウウ――――
――――ボォウボォウ、……
(……。ん……)
終わっていなかった。
…………ドッ、――ドゴォォ、ブシッ、……――ドッ!
(……。んん……)
生きて、いた。
……バシッ、ブゥオン、バサァアアアアアアンンンン!
(……。い……)
視界は右側片方。しかも、殆ど用を為さない。殆ど、黒。横一筋の、微かな白光。それすら霞んでいて、途切れ途切れ。それでも、音は、聞こえる。これも、右側片方。しかし、周囲の音は、はっきりと聞こえる。
今の、感覚のない体。それはきっと、頭すら半分潰れてぐちゃぐちゃだ。無防備な、高所からの落下によって。けれども、それでも確かに、生きて、いた。
(い……きて……る……。お……れ……)
ドッ、――ドゴォォ、ブゥオン、ザサッ!
大質量が空を切る音。砂を鳴らす回避の足さばきの音。そんなものが絶え間なく鳴り響く中、少年は噛みしめた。
何故か、少年は生きていた。どうしてか、生きていた。上空数十メートルまでぶっ飛ばされて、無防備に、落下したというのに、その原型を半ば留めて、生きていた。
気絶による、脱力。加えて、触手を緩衝材に? 加えて、落下地点は、さらりと柔らかな砂浜。運が、足りた、とでもいうのだろうか? すんでのところで、まだ辛うじての生を実感できるほどに、生きて居た。が、そんなこと、あり得るのか?
この瞬間だけ、辛うじて、生きている。それ位なら、あり得るだろう。即死しないだけの、殆ど即死。死の確定。即死でないだけ。たったそれだけ。その位の、どんなに長くともほんの数秒にすら足りるかどうか分からないような、生。その程度ならば。
しかし。少年は違った。
ドゴォォ、ドゴォォ、ドゴォォドゴォォンンンンンンンン、バサァアアアアアアンンンンンンン――!
耳は、もうすっかり、途切れもなく、音を拾っていた。
少年の体中を、熱と痛みが、のたうつように迸り始める。
(やったら……、まだ……やれる……ことは……あ……る……筈……や)
思考は、意識は、はっきりとし始めていた。
ズズ、ズズズゥゥ、
全身、引き摺るように、這う。右腕が、砂上を、這う。それに引き摺られるように、未だ再生途上の体が、前進する。
十数メートル。
少年はそう、音響から、把握していた。いつの間にか左右から聞こえるようになっていた音で。
痛みには、慣れていたから。
ズズ、ズズゥゥゥゥ、ズズ、ズズッ、ズググゥゥッ、
右手だけでなく、左手まで。倍の速度で、少年は、這う。
灼けるような喉の渇き。そこに、蕩けるような感覚が混じる。それは決まって、動きと動きの間の停止の間に迫ってくる。
きっと、そこで立ち止まってしまったら、楽だろう。その感覚に溶けるように、意識を失って、終われそうな、逃避しきってしまえそうな、予感。
一方、身体に力が入ったときの、灼熱にのたうち回られるような激痛の感覚。
それでも、少年は知っていた。よぉく、よぉく、知っていた。思い知ったことなんてない筈なのに、本能的に、知っていた。それは、誘いだ。不幸への、誘い。取返しのつかないことへの誘い。だから、動くことを、やめない。
ほわん、ふあん、ぶぁん。歪み、霞む視界。両眼に映る世界は、未だ輪郭をまともに捉えてはくれていない。
ブゥズゥギギギギギギギギ、ガドォォオオオオオオ、ザァサアアアアアアアアッッッ!
物音は大きくなっていく。近づいている。
(足りひん……。…………。お姉ちゃん……。お姉、ちゃん……。お姉……ちゃん……。動き、遅く、なってるよね……。足、止まりそう、なっとる……よね……。俺が……見誤ったからや……。先走ったから……)
両手を砂につき、立ち上がろうと、少年は足掻く。
(ちゃんと……届かせ……るんや……)
身体中の痛みの奔流とは打って変わって、少年の思考は、静かに、坐っていた。強い意志で、座していた。
動き出そう、としている。
ググググググ、ズザズッ、
両手と、右足。三つん這う。
ブグウウウウウ、ゥオンンンンン、ドォオオオンンンンンンンンンンンン、サァアアアアアアアアアアアアアアアアア!
一際強烈な一撃による、揺れ。
ドサァッ!
少年はまた地面につっ伏した。それでも諦めない。
ググググググ、ズザズッ、ズスッ。ググググググ――
四つん這いから、立ち上がろうと、している。
落下直後、ぐしゃりと肉と臓物を液状に散らして砕けた骨と裂けた皮程度の残骸でしか残っていなかったその体は、熱と膨張、断片から、黒々い肉塊になって、赤黒く遷移しながら形を作り、収縮しながら赤紫に腫れ上がりつつも、頭部は、背は腹は、中身の構造ごと形成されていって、赤々と腫れ上がりながら手は、足はゆっくりと形を持ち始め、凡その形を整え終えた頭部以外を覆い隠すようにむくむくと蒸気は絶え間なく。動き始めと共にそれはなりを潜めてゆき、表面上は八割程度を元の形をしていて、今はまだ出力は出ないが一撃によって打ち上げられて墜落する前と同等の機能を持った少年の体が、姿が、そこには、あった。
砂は掻き回され、残骸も痕跡ももう、あったとしても消えた後。
まるで、それは、神話の類の再生のよう。
自分の身に起こっている埒外な、再生の如く回復に、少年自身も、なんとしてもの打倒に必死のリールも、そこにいる人間性などとうに消し飛んだシュトーレンも、気づいてなど、いない。その場にいて、気づいているものは、ただ、一人。




