---111/XXX--- おかしくも必死で突拍子な闘い
リールがむきむきシュトーレンの方へと向かっていって、互いに拳が届く距離で相対している。
どちらも、手を出さない。
間が生まれている。互いに、何やら推し量っている。その明らかに正気でないどころか、とうに意識も人格も消し飛んだかのような、むきむきシュトーレンが、まるでそうやってリールと隙の狙い合いでも始めたかのように膠着していることをそこからリール側後ろ数メートルで控えている少年は不思議に思った。
思って、考えて――そうすることが、色々な方面へ少年の気を散らす。
(さっきの……。めっちゃ、早かった……。さっき見たときよりもずっと……。お姉ちゃんはそれでも目で、追えてた。やったら、俺が、気、散ってるんか?)
そうやって考えながら、気の散る理由へと、一瞬目を向けた。それは、リールを越えて、むきむきシュトーレンの遥か後方。走り去ってゆく、あの老人と同一人物な魚人青年。もう少年たちが今更追いかけても追いかけられない位に離れている。
「ガアアアアアアアアアアア!」
おたけぶシュトーレン。
それに、少年の意識は目の前の今へと戻される。
(……。ただ、やるしか、ないんや……)
少年は、押し切るように自身の不安を振り払おうとした。すぐ近くにリールがいてくれているのに消えない不安故に、そうするしか……なかった。
ゴゴゴゴ、ビキビビキッ!
シュトーレンの腕が、足が、血管浮き上がり、筋肉膨れ上がり、バンクアップする。
「来るでっ、お姉ちゃんっ!」
少年はもう雑念なんて無しに、気づけば、そう叫んでいた。
タタタタタタタタ――
蛇行を繰り返しながら、その振れ幅を大きくしていきながら、少年は、掛ける。
(何で、……俺は、さっき、突っ立ってるだけやったんや……? あの間にもできたことは、あるんちゃうんか……? 俺は、何で、動かんかったんやろう……?)
引っ掛かりが頭を過る。
それでも、足は止めない。息はすっかり整っている。きっと今なら、あの殴りつけの動きも、きっと見切れる。そんな調子で、目は冴えている。
(お姉ちゃん、余裕あるなぁ)
ブゥオンン、ドゴォオオンンン! サァアアアアアアアア――!
左手義手で、いなすように、受け流す。シュトーレンの右手の、右上から左上へ、振り下ろすような一撃は、滑るように、地面に落ちて、砂を巻き上げる。
ザッ、トトトトトトトトトトトト――、ザサァッ!
少年は、後ろへと後ろ足駆け足で下がってゆき、半径数メートルの砂埃圏から、出る。
今度は、その周りを、左周りに動き出す。
タタタタタタタ――
(どこで、紛れる……? けど、こんなんやられてばっかりやったら、まともに合わせるなんて無理や。お姉ちゃんだけやったら決め手が無い。俺だけやと決めるとこまで保たへんやろう……。どうしたら、ええ……? 相手は、あのナリやで。しかも、あんなパンチ何発か打っても、全然バテもせえへん。せめて、砂の中の二人が見えたら……)
「避けてえっ!」
ビュオゥゥッ!
「!」
地面に平行に真っすぐ飛んできた、自分の体よりも大きな岩くらいの大きさのそれを、少年は避ける訳にはいかなかった。
ブゥオンンンンンンン! ビキビキビキッ、ミシミシッ! ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――
受け止め、腹部に軋みを感じつつも、踏ん張り、それでも数メートル吹き飛んでいき、膝を、つかなない。
「っ! ごめっお姉ちゃん」
突然、暗くなり、少年は反応した。自身の位置の上、突然の影、それも、急速に小さくなってゆく影に気づいたから。
ブンッ!
受け止めた、投げられたリールを、咄嗟に、思いっきり左横に放り投げた。そして、投げたリールとは反対方向に向かって、強く蹴り出し、上体を低くしながら、身体を急速に倒してゆきながら、一歩分、二歩分、そこで、構え、上を向く。
ブゥウウウウウウボオオオオオゥウウウウウウウウ――
拳!
いつの間にか、一跳ねして、遥か高く上空から、落下しながら、左拳を突き出して、少年が今いる方へ向かって、迫ってくる。
(どう見たって、俺を、優先的に狙っとる!)
タンッ!
少年は後ろ方向へ、跳び、それを避ける。が、
ドゴォオオオオ…―ボォウウ、
「! くぅっ!」
スカッ。
少年は二段構えとなったそれを避けた。拳の後、その地面に刺さった拳で逆立った体から、横薙ぎな蹴りが来たのを、少年はすんでのところで、空中での上体を後ろに倒すことで避け切った。
が、
ゾクッ!
(何、や……? 嫌な感じが……)
フウウウウウウ――
落下をしながら少年は考える。無理に避けたが為に、それ以上空中では動きは取れな…―
「ポンちゃんんんんんっ!」
ザザザザザザザ――
立ち上がって思いっきりこちらへ、砂埃が発生している、下の領域へと駆けてきながら、リールが叫ぶ。
(あっ……! く、もう一撃、来る)
ゾバサァアアアアアア――
それはむきむきシュトーレンが拳を抜いた証。地面にまた両足で立った証。つまり、上方への攻撃が、来る。そして今度は、放たれたら、避けられない。
少年は急いて、腰の釣り竿を抜いた。
(せめてこれで迎…―)
「あぁああああああああああああ――」
物凄く必死な顔をして叫びながら、この下の砂弾幕の中に今にも駆けこむ寸前のリールを見て、少年は、竿を振り切る方向を変えつつ、叫んだ。
サッ、ビュウウウウ――、ブゥオンン!
「お姉ちゃんストップゥウウウッ!」
(間に合え間に合え間に合えぇええっ!)
ブゥゥ、ぐるるる、
「えっ……?」
少年には、驚くリールにそれ以上説明する時間もない。リールの腰回りにルアーと共に、糸が巻き付く。
「お姉ちゃん! ぶちかましてぇぇええっ!」
少年は叫びながら、竿<さお>を引く。体を捻るように、自身の体を空中で回転させながら。ぐるるるると糸を、巻きよせるように。
「えっ……? えぇええええええええええええええええええええええ!」
グゥオンン、ブゥウウウウウウンンンンンンンンンンンンンンン――
リールは猛烈な勢いで引っ張られて、砂煙の中へ物凄い勢いで突っ込まされていく。
(頼むで、お姉ちゃん。やっぱり、こうでもせんと、勝ち目は無いで。ずっと間違ってた。恐ろしいんは、あの巨体と威力やなくて、速度なんやから。これなら、お姉ちゃんの拳、絶対に当てれる筈やもん。威力も足りる筈やもん。後は、覚悟するだけや。絶対、痛い。死ぬほど、痛い……ぞぉ。やけど、耐えたる。まだ注射も、残っとるんやぁっ)
グゥオンンン、ドゴォォビキキメシシシボキキキキキブチャァァ!
「ぐぶぅううううう」
(い、た……)
竿を離す。予定した通りに。骨は砕け、肉は弾け、臓物は潰れ、血はそうやってぶっ潰された腹部からも、口からも吹き出て、少年は、その衝撃で、上方向にぶっ飛んでゆく。




