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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第四章 操者の糸の果て

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---109/XXX---  愚者を慰む偽景

 ゴォオオオオオオオオオオオ――


 その場所全体が揺れている。場所は、二人が現実でも今いるこの場所の光景。偽られた、造られた、光景。光だけでなく、音も、偽られているらしい。


 プシャッ、ヌザァァ、ビチッ、ザァァ、――


 少年とリールは、死した女性の頭がされたケロイドな腐った肉のかたまりを運んでいた。重々しいそれを、どうにか少年とリールの二人で押して、押して、少しずつ、少しずつ、視界から離れてゆく。


「もう、無理。ここでやってしまいましょ」


 リールがそう言う。


 押しつ押されつな取っ組み合いを未だ続けて、こちらに向かって来ようにも来れない状態。シュトーレンが、我が、子孫が、邪魔だ。


 心の声が、入る。そこで漸く、シュトーレンでなく、あの魚人の視界だと分かる。あの魚人が、先ほどまでの老人なのだということも、認識として入ってくる。


 ぶしゅっ。


 肉が裂かれる音。


 ドクン。


 やめろぉおおお!


 叫ぶだけ無駄だというのに。


 ゴォォオオオオオオオオ、びちゃっ、ねとぉぉっ。


 き出した血液の後、腸革と皮膚の張り合わせられたべっとり湿った紙片としか言いようがない、四角形に近い形の薄いシート。それが、地面に広がると共に、血色傷色の文字列が浮かぶ。


【変わらず愚者ぐしゃたる君に捧ぐ】

【     ディーレン・マークス・モラー】


 そこから、視界はぐらぐらと崩れてゆき――音も心の言葉もぐしゃりと音を立てて――慟哭どうこくを以て、最初に巻き戻り、また、映像は再生を――






 今度は、白い背景。うっすら、この場所の光景が浮かぶ。しかし、現実とはこちらはだいぶ異なるらしい。


 揺れてはいない。しかし、場所は同じ。


 肉の塊。すげられた女性の頭部。そんな肉塊をナイフで裂き、開くのは、視界の主。隣にいるのは、リール。少年は、いない。見当たらない。青年魚人もどこにもいない。


【変わらず愚者ぐしゃたる君に捧ぐ】

【     ディーレン・マークス・モラー】


「我が、祖先の名……。しかし、本人が記させたものという保証は何処にも無い」

「一体……、なんなのよ、もう……。もう……」


 むきむきでも何でもなく、脂肉ではちきれそうな体をした、元のままのシュトーレンは、状況についていくことを逃避しているこの視界の中のリールとは対照的に、落ち着いていた。


「大丈夫だ。大丈夫に、決まっている。大丈夫に…―-うっ……」


 頭を押さえる。痛みが走ったらしい。


「……! 大丈夫っ?」


 すぐさま視界の中のリールが、そう心配そうにシュトーレンの顔を、自身にも余裕はないというのに、のぞき込んで、心配する。けなげに。強がって。


 なれば、しっかりせねばならない。我が手で、挽回せねば。


 ドクン!


 拍動。二度目だ。何処から――ぬっ!


「……」


 ぽっ、ぽっ。


 女性の頭部遺体。その口が、開き、口を動かした。下向きの三角のような口で、息を吐くような形。そして、横に細く伸びるように広がって、また、息を吐くような舌の動き。


 そうして、閉じた。穏やかな顔をしている。役目を果たした、とでもいうような。そんな感じを受けた。


 それに従って下を向くと、人の臓物と表皮の貼り合わせではなく、一枚の羊皮紙が。インクが、ほとばしるように文字が浮かぶ。


【相応しき者が、二人、か。ならば、来るか? 更に水深深く、遥か足下。君たちが来るというのなら、招待するのもやぶさかではない】


「ほう。その招待、乗らせてもらうとしよう。ほら、行くぞ、リール」


 そう、手を取り、引き、寄せ、そうして二人、立ち上がる。


 が、


 ムゥワン、ブゥゥ。


 視界が白くぼやけ、また、まどろむように、最初に、戻――

 ・

 ・

 ・






【何を感じた?】


 心に浮かんできた一文。そして、もやは立ち消えるように霧散して、元の場所に、元のままに、少年とリールは立っていた。向こうのむきむきシュトーレンと魚人青年の方を見て。


「「……」」


 二人がすっと、それらから背を向け、前を向いた。


「「…………」」


 沈黙する。


「「………………」」


 沈黙、する。浮かんだものはあった。しかしそれは、言葉の形を、していない。未だ、ぼんやりとふんわりとしたそれの中に、要は見えない。


 そして――


【なれば、答えは尋ねぬ。言葉で表現できるものとは限らぬのだから。ここで示されるべき要でもない】


 まるで、それらから見つけ出して何かを得たと断ずるような言葉と共に、め切られた。






【停止は終わる。あれらとなんじらは異なる者であると証明せよ。できねば、ああなる。ああはなりたくはないだろう? ああはなる訳にはゆかぬだろう? 折れ、あきらめてしまっているのでは無いのならば】


 今度は二人は振り向かない。


「「……」」


 二人とも沈黙している。しかし、同様に無言であろうとも、少年とリールで、その表情は様子は、大きく違った。


 リールは自分でもどうかと思う位、冷めていた。自身の心の内は、あんなものを見せられた上でも、結局、ひどく静かであることにリールは気づいていた。隣の、発狂しそうで、泣き崩れそうで、それでも、未だ、事態をあきらめてなんていない、歯を食いしばっている少年と自身の間にある温度差。その正体に思い当たってしまっていた。


(きっと私はもう、あきらめつつあるのね。だって、こんなのもう、無理じゃない……。どうしようもないじゃない……。どうやって逃れるっていうの……? 決まりきっている。見えない誰かにびを売るの。へりくだるように。神様を自称するみたいに、私とポンちゃんだけじゃなくて、ここにいる全員をもてあそんでいるそれに……。あんな、老獪ろうかいなだけの、油断とすきだらけのに負けているような私たちに、このもっとどうしようもなさそうなの、どうやって、相手すればいいの? もう、無理なのよ……。けど……、)


 細めうつむくような哀しげな目をしてリールは見る。隣の少年を。


(私だけ、のことじゃないから。私は、いいの……。私は……。だって私は嘲笑あざわらわれて当然。けれど、巻き込まれただけのポンちゃんまで、笑われるのは、駄目。ポンちゃんが、こんなところで、私のせいで終わってしまうなんて、そんなの、耐えきれない。きっと、死んでも、幽霊になってしまうくらい、嫌で、嫌で、堪らないの。けれど、私にはもう、何も、できない。思いつかない……。だから私は――)


「ポンちゃん……。行こっ」


(背中を押すの。私とは違って、前だけ見て歩けるポンちゃんの。ここで止まって終わりになってしまわないように。私はできないから、だから、支えるの。私にできることはもう、これ位しかないから)

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