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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第四章 操者の糸の果て
389/493

---106/XXX--- 生体? 死体? 剥製? 人形?

「……。人、女の人、よね……」


 リールはそう、口にした。見ての通りのものが目の前にあるが、そんなものがそこにあることに戸惑っている、という感じである。


「誰、なのかしらね……」

「誰、なんやろ……」


 そう二人は、表情をこわばらせて、顔を見合わせていた。


 長い直毛な黒髪は、オールバックにされて、背中の方へと伸びて、背中の皮膚ひふ癒着ゆちゃくしていた。


 全裸、という恰好ではあったが、隠すべきところはその姿勢故に隠れている。おまけに胸も控え目で、身体は小柄とはいえなかったが、大柄な方でもないという、具合だった。リールより一段か二段低い程度の全長しか無さそうな具合の。


 ほほはこけている。あばらは浮いている。抱えられた足も、抱える手も、肉なんてほぼ無いかのように、皮と筋ばって、更に骨ばって細々しい。


 元の体格は恐らくは細かったのだと予想してもいいのだろうが、その予想は容易に裏切られる可能性を含んだものでもある。はだの角質や、細胞の継ぎ目見られないような滑らかさはやはりひどく不自然であり、傷口が見当たらないとはいえ、加工されている可能性を否定できない。


 そして、そんな現状での肉付きは、ひどく薄い。慢性的な感じではなく、数日から十数日、食事を抜いた感じの、せ方である。だからこその、なんだかふやけ気味に皮膚ひふの余っている感じ。しかし、皮膚ひふの状態は、今まで膜と皮で保湿されていたのだろうから張りがありしわやよれは見られないのだとも考えられるが。


はだ、物凄い、きれいね……。シミ、そばかす、ホクロ、できもの。どれも一つも見当たらないわ……」

「そうだけど……、お姉ちゃん……、この人のはだ、不自然なくらいデコボコなくてつるつるに見えるんやけど……。………………。溶けて……へん……?」


 少年が躊躇ちゅうちょしつつも、結局口にした言葉に、リールは返答にきゅうした。少年も気まずさを感じて沈黙する他なかった。


「……」

「……」


「……。お、お姉ちゃん……。この人が死体かどうか確かめる手っ取り早い方法があるんやけど……」


 少年は、重そうな口を開いてそう言った。


 そこには、その女性の顔がある。目をつぶった、うりっぽい形をした、その細々しい首の幅とほとんど同じくらいの、遥かに肩幅より短い幅の横幅をした、その小さな小さな、目を穏やかに瞑った、女性の顔が。


 鼻はびんと高く一本筋が通っていつつも、小鼻は小さい。くちびるは、血の気が無くて白色ではあったが、薄く、それでも弾力がありそうでいて、小さい。目は横長、だろうと、まぶたのその、外側へ向かう程にわずかに下がる、薄め長めの睫毛まつげにうっすら縁取られた線を見れば分かる。


 ほほがこんなにもせこけていなければ、その小さな耳が顔の側面と一体化するように癒着ゆちゃくして平面になっていなければ、きっと誰もが往来で横切れば振り向くであろう類の東洋直毛黒髪な大人びた美人だろう。


「ま……まさかだけど……、お腹、開く……とか、言わない……よね……?」


 リールはだから恐る恐るそう尋ね返してみるのだが……、


「……」


 少年はうつむいたまま、沈黙している。


「ポンちゃん……。違うよね……。ねっ……、ねっ……? ……」


「…………。目……」


「め……?」


「目やって、目。目ん玉見たら、一目瞭然いちもくりょうぜん、やろ……。作り物か本物か、なんて……」


 この、まぶたを直接手で開いて、中の目玉を見てみる、と言っているのだ。それはある意味、腹を開こうとするより恐怖体験になるかも知れなさそうな行為。


 その、暫定ざんてい、死体に、何一つ種も仕掛けも無いだなんて流石に考えにくいからこその恐怖である。


 二人は自分たちの勘というものをよく当たるものだとは信じてはいるが、その上を行く擬態をするものは世の中に溢れるほどに実はたくさんあるのだということも知っている。


「目……。あっ、目、ねっ……、ははっ……、あはは……。…………」


「やんね……。でも、お姉ちゃん。やるで、俺。後ろの延々と終わりそうにないアレだって、いつ急に終わりになるか知れたもんちゃうやん。もう色々うじうじ考えるのばからしなってきたんよ、俺。後のことなんか考えず、取り敢えずは今を何とか乗り切ろっ! ねっ! たぶん、どうにかなるわ。ここまで、こんな都合よく、俺らまだんでないんやから」


 やけくそ気味に前のめりになっていた少年の言葉にリールは、それは何か違うだろ、と思いつつも、流されることにした。


「じゃあ、私が抑えとくから、ポンちゃんが開けて。ちょっと私それやる勇気は無いわ……」


 自分が開く役やるのは無理と言うのが、リールのせめてもの抵抗だった。


「じゃあ、いくでぇ」


 と、少年は躊躇ちゅうちょする様子もなく、覚悟決まりきった、低くテンション低い声で、飄々《ひょうひょう》とした空気をまとって、目を細めながら、


 すぅぅっ、ぴとっ。


 対象の左瞼ひだりまぶたの上側と下側に、右手の親指と人差し指の側面で触れた。

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