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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?部 第四章 操者の糸の果て
388/493

---105/XXX--- 肉腫の中身の宝物

 グググググ、ギギギギギ、ギチギチギチギチ――


 触れるな、と叫んだ後から、視界は密かに、しかし大胆に、魚人青年の視界は偽りに覆われて――彼は大きく、間違え始める。


 今見えている唯一の敵である、むきむきシュトーレンと、真正面から組み合っていた。自身より1.5倍程度の巨体であるシュトーレン相手に、微塵みじんも押し負けてなんていなかった。しかし、押し切れもしない。


 突進は、棺桶かんおけから大事な大事なこちらの宝物から離された手で受けられた。だが、一先ずの目的は果たせているのだと青年魚人は、にぃぃぃ、と笑う。


「ふはははは、ふははははは! 一先ずは、引きがしたぞ。続いて、このまま沈黙させてくれるぅぅぅううううう!」


 ポロッ、ボトリ。ボトッ、ポロポロッ。


 体の表面を覆っていた、白い垢状あかじょうかたまりが、ぼとりと落ちて、その下に隠れていたものが現れる。


 一直線に背の中央を縦断するように生える、一列の棘々《とげとげ》。その間に張る、薄灰色で半透明な、膜。


 背びれだ。


 そして、


 ポロッ、ポロリ。


 更に、白銀色のうろこのぞいた。時々まだらに黒色。そんなうろこは、つやつやと輝いていた。


 白鯛シロダイの魚人。それが、老人改め、壮年の男改め、青年魚人の、身体の実体だった。


 ぎろり。


(やはり……。見ておらん。俺を……。向こうを、見ている。遠いが、あそこにあるのはあれだけだ。こやつの興味を食糧しょくりょうたるものは。俺には興味無いようだからな。が、許さんぞ。あれは、俺のものだ。俺の希望だ。食わせて何ぞ、やるものか。絶対に!)


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。除外されたかのように、意識の外。魚人青年はそのことに微塵みじんも気づきそうな気配は無かった。






 拍子抜けくらいあっさり馴染んたリール右足の、烏賊のような赤黒色の斑点が散った足が束なったような中身を伴った義足。


 そんな間も、今も、敵はまだ、向こうでつかみ投げ無しの押し合いに夢中であった。


 だから二人は、そうなるのが当然というべきか、ひつぎの中身の前に、立っていた。


「……、何かの、死体やんな……? くさってはないけど、死んでるよなぁ。気配は何も無いし……」


 そう少年は腕を組んで、それの前でそれを見下ろしながら、見れば分かることを口にする。


「けど……、これって多分、大事なもの、でしょう……? 何か、あるんでしょう? もしかしたら、死んでない……とか……? いや、ないわね……」


 そうリールは足をクロスさせて立ち、えない感じで、進展しない考えを口にした。


 えていないのは二人とも。頭の領域を大きく占める、目を背けた惨状が、スペースを取っている。だから二人の思考は十全とは程遠かった。流石にそんな記憶を直視する程の時間があるなんて訳はない。だから、自然と最適解を選ぶ二人は、今こんなであるのだ。


 二人の目の前、足元に横たわるそれは、黒く赤黒く、横向きのしわの入った厚い皮脂で体表を覆われている重く大きな肉の、かたまりのようにも見えた。毛はない。だからそのしわ皮膚ひふと脂肪によるたるみだ。


 ぷにん。


 少年がしゃがみ、右手人差し指でつついたら、そんな風にそれは強い弾力を持っていた。


「う~ん……」


 ぷにん。ぷにん。


 リールはそうする少年を止めなかったが、その代わりに、少年がそうしている間にそれ周りの気配が変わらないか意識を集中していた。が、何も変化は無かった。


「う~ん……」


 ぐにっ。


 少年は右手首から先を突っ込んでみせた。あっさりめりこんだ。


 すぽっ。


 少年は右手をひっこめた。なんだか、じめっとその手は湿っている。そんな、右手を少年はすっと自身の鼻の前にやった。


 すぅぅぅ。


「甘いにおい。この肉中に染み渡ってるって感じ。あふれてきた感じじゃあない」


 少年は全く物怖じせず、独り言寄りに、考察を口にする。


 その自体からの直接的なにおいはない。甘い、糖のにおいがかすかにもわんとする位だ。かっていた物のにおいである。グリセリンの、においである。


「私も、いい?」


 そうリールが言うと、少年は右手を、隣にしゃがんできたリールに差し出すと、リールはその手首をつかんで、自身の鼻下辺りに近づけ、


 すぅぅぅぅぅぅぅ。


「甘い、におい、ね。……、この肉腫にくしゅ


 リールはちょっと落ち着いた感じで、安らいだ感じの表情で微笑を浮かべながら、感想を口にした。途中一瞬詰とちゅういっしゅんつまって、何だかそんな風につけ加えて。


「っ! まさかっ!」


 少年はそう言って、こしからナイフを抜いた。


 シャンッ!


「えっ……! ポンちゃん……?」


 戸惑うリールに、


「ええから見といてリールお姉ちゃん」


 と、少年は手に汗握りながら、真剣な面持ちで、そんな肉腫にそれを突き立てる。


 グィィ、グニィ、ビチィ、グィィ、ズチャッ、グニィ、ビッ、ビチッ、――


 そうやって少しずつ、表層から少しずつ、裂いてゆく。それはまるで、中に何かが入っているかを確信しているかのようで。


 そのことに気づいたリールは、もう黙って見ていることにした。そして少年も無言だった。


「「……」」


 そして、


 ブチッ、


「「!」」


 聞こえた音に二人共反応した。そしてすぐさま不安になって、念の為と、リールは後ろを向いてみる。やはり、向こうは拮抗した取っ組み合いを続けているだけだった。


 スゥゥゥ、スゥゥゥゥゥ――、ネチュッ。


 すると少年が、膜の層を破って、開いて、刃を抜いたところだった。


「ひ……、人?」


 リールはそう口にした。それ位しか言葉が出なかった。


「……」


 少年はまだ何も言わない。未だ真剣な面持ちのまま。ナイフを置いて、


 ぐにょん。


 それの切り開いた厚い皮の左右を掴む。そして、


 びちゅん。


 開いた。開ききった。たるんだ皮は、地面寸前辺りまでぶらんと垂れて、その弾力からか、


 ぷわんぷわん。


 上下にもちもちとぷるんぷるんと垂れつつ跳ねた。


「……。なに……、これ……」


 ようやく少年が口にしたのはそんな言葉だった。


 それは、どう見ても、ひざを両手で抱えるように丸まって仰向けになった、目をつぶった色白のはだの長い黒髪の若い女性の遺体いたいだった。

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