---101/XXX--- 獣の亡骸、挿された異物 前編
壮年の男からの糸が切れた直後からの二人。
ゥオン――
ゥオン――
ドゴォオオオオオオオオオオ、バシャァアアアアアアアアアアアアアザァアアアアアアアアアアゥウウウウウウウウウウウウウドォゥンンンンウウウオオオオオオオオオオオオオオ――
降り注いだ、緑色の輝く液体が、二人の止まらなかった全力を緩衝する。それでも、包み込んだ水塊が、二人の周囲から衝撃によって吹き飛ぶ。それほどに互いの攻撃はふざけた威力だった。
そう。つまり、無事である。二人共。
そこには、切り傷や腫れでボロボロの少年と、目の下を涙腫らせて生身な右手の爪がところどころ折れたり割れたり取れたりしているボロボロのリールが、互いの腹部に、肘を拳をめり込ませて、それでも踏ん張って、立っていた。
ゴォォオオオオオオ――
揺れは継続している。
そんな中、
「……。うぐっ、……。はぁはぁははぁぜぇぜぇぜぇぜぇ――」
(ぐふっ……。ぐぐぅ、な、何……や……。何や、これ……。何や! これ……っ!)
「……。…………。はぁはぁはぁはぁ――」
(えっ? えっ、えっ? えっ? ポン……ちゃん……? わ、私、な…―私が、……)
二人は錯乱する。それで暴れ回らないのは、腹底に深く響く衝撃故に。鍛えられていて、慣れていて、だからこそ苦しくともしっかりと息をして、意識あるからこそ吐瀉することもなく立っていられる訳だが。
目の前の光景に互いに混乱する。認識が追いついた、操られている間の映像が、記憶が、襲ってくる。更に錯乱する。でも、幸いに体は動かない。
だからこそ、そうやって、緑色にずぶ濡れな互いをただ、見ている。互いに息が掛かる距離で見つめている。
少年は肘でリールに半ばもたれるように。リールは拳で少年を支えにするかのように。そうやって、拮抗している。二人の足は停止している。呆然と、突っ立っていることしかできない。ただ、激しく息をして。
時は、待ってくれない。事態は状況にまだ全然追いついていない二人を、次の段階へと持ってゆく。二人が意識を取り戻して、それは十数秒後のことだった。
ドーム壁面、外。何かが、衝突した。
ゴォオオオオオオオ、ボゴォオンンンンン!
その音はどんどん大きくなってゆく。大質量の何かが、めり込む音は、突き破る音へと変わるかというところで、
(!)
(!)
二人は同時に反応する。
そして、動いたのは少年。リールは隻脚である為どうしても動きが遅れる。しかし、二人ともしようとしたことは同じだ。
グゥゥ、
少年はそのままリールの、自身の腹へめり込むように当てられた左手義手を抱えるように引っ張り、無理やりに倒そうとし、リールはそれに合わせ、倒れ、
バタッ。
ドサッ。
リールの上に少年が倒れ込んだ。その直後、
ビュゥゥ――! ドゴォンン! ゴゴゴゴゴゴゴ、ブゥオブゥオブゥオゥウウウウウウウウンンンンンンンンンンンンン――
壁を貫いてきて二人の体の上を、頭上を、横切った巨大な質量の何か。風を切って、飛んでいったそれが、反対側の壁に激突し、碌に壁でつっかえず、引っ掛からず、停滞せず、突き破って向こう側へとぶっ飛んでいった。
ガラララララアアアアアアアアア――、ゴォオオオオオオオオオオオオオ――
そうして、二人のいたドーム部分は、動線に沿って半壊した。天井は崩れていない。だから二人は無事で、だから意識もあって、だから、顔を頭を上げて、体を互いに支え合うように、腹の奥が苦しくとも起こし、目にした巨大なそれに、嗚咽し吐瀉する程に狼狽した。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ――!」
獣のような叫びが聞こえてきた。それを発しているのは、屋外に立ち、こちらを見る、それだ。
「……、うぁぁ……」
(シュ……、シュトーレン……さん……)
少年は、言葉の発し方を忘れたかのように、根を上げた。
「ごぉぉぶふぅ……くふぅぅ……」
リールは腹から吹き上げてきた吐瀉を、口から流し、それでも堪えた分は、鼻を逆流して、噴き出した。息苦しさよりも、事態のどうしようもなさが脳裏を占めていた。
(……。シュトーレン……なの……? よね……。間違える筈なんてない……。ごめんなさい……。ごめんなさい……。もう、私は、何も、してあげられない……。してあげられないの……。謝ることだってできない。こんななら、死んでて欲しかった。貴方だって、きっと正気ならこう言うでしょう……。『こんなもの、御免被る。こんなならば、何もできず、叶わず、掴めず、死んだほうがましだ』って……。分かってるわ……。分かってる……。けどっ……、けどっ……)




