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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
383/493

---100/XXX--- 混濁死角

「ほうれ。歩け歩け」


 と、支配した少年の体を駆動させる。


 ザスッ、ミシッ、メキッ、ザスッ、ザスッ、


 そうやってゆっくりと。損傷の具合を、操作の感覚で確かめていた。念の為に。実は微細な部分の骨折や、分かりずらい体の深部の深刻な炎症えんしょうといったものが発生していた、なんてことは無いかという確認であった。


「動かせば動かす程、驚かさせる。この齢でこの仕上がりは驚異的であるな。成長期の子供としては、骨格の強度がおかしいわ、筋肉の発達と密度が、鍛えられた徒手格闘の闘士のそれだ。それは、小僧だけでなく、片足立ちを続けられているあの女もそうではあるが。あれも未だ、少女と言っても差し支えない程度の齢であろうからなぁ。だからこそ両方手中に収めたい。……。欲張って……、何が悪い。なぁ、ベリー」


 一瞬遠い目をして、次の瞬間には、今を見据える。


 ザスッ、ザスッ、トッ。


 少年の体が、ドームの中へ、出た。そんな少年の体とリールの体の距離は5メートル程度。頃合いであった。


「ゆくぞ。ゆくぞ、ゆくぞ。ふっ、ゆけえぃぃっ!」


 壮年の男は、掛け声を上げた。






 グゥン、フワッ、グガァゥンンンンン、ブゥオゥゥゥゥゥゥゥゥ――


 倒れ込むような姿勢からの、片足ではあるが、強烈な地面の蹴り出し。飛ぶ。前方へ。地面から数十センチ浮いて、平行に。


 ゼロコンマ数秒。少し遅れて、少年は、


 スッ、タタタタタタタタタタタタタタ――、ゥオゥンンンンンンン――


 駆ける。姿勢を少しばかり低くして、右肘みぎひじを突き出すように。体当たりでもかますような姿勢で、疾走しっそうする。


 狙いは、互いで互いの腹を突かせること。少年のタックルの切っ先と、リールの左手義手の拳はぶつけない。交差させ、勢いを殺すことなくぶち当てて、終いにするのだ。


「ふはははは、ふはははははは――」


 ()()


「――はははははは…―、……、は……? ……」


 老人改め壮年の男の顔色が変わる。先ほどまでの調子の良い、上から目線の愉悦ゆえつを浮かべた嘲笑あざわらいなど、嘘のように、その顔からは表情は消え、目の中に、瞳孔どうがぐわんと広がる。開ききった魚の目そのもののように。


 今や、少年やリールの視力と反応速度に同調したその目だからこそ、うらめしいことに、あってはならないものを、しっかりと捉えてしまった。


 ドーム中央。天井の罅割ひびれ。それが一つの音と共にしっかりとした断裂になり、広がり、砕け、輝く緑色の液体が、滴って、溢れんばかりに、流れ出し、滝のように、流れ落ちる。


 ポタッ、ググ、ピキン、ザァアアアアアアアアアアアア――


 そして、もう――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ふざけるなぁああああああ! ()()いぃいいいいいいいいいいっっっっ!」


 自分を翻弄ほんろうし続けてきた目に見えない形の不可抗力の名前を、うらめしく叫びながら、動かずにはいられなかった。


 壮年の男は、二人の操り糸の手繰り糸を放棄して、


 バカンッ、ガコン。


 箱の上蓋うわぶたを蹴り開けて、外に飛び出る。


 スゥゥ、スタッ。スタタタタタタタ――


「くそう、くそうぅ、くそぉぉうううううううっっ! ここまできて――こんな終わり、許容できるかぁあああああああああ!」


 そして、血色の引いた、壮年の男、二足歩行の、魚体混じりたるその真っ白な顔に、筋が、浮かび始める。


 ビキッ、ビキビキッ、ブチッ、ブゥクッ、ビッ、ビキィィィ、


 無秩序に入り乱れる、網目のように、それは浮かび上がりながら、ところどころ切れ、切れた血管部を中心に水疱すいほうのようにふくらみ、一瞬で5センチ大の玉のようになったかと思うと、弾け、


 ビチン、バチンッ、ピチャッ、ジュゥウウウウウ。


 透明な色をした液体を飛び散らせた。それらは、焼けるような音を立てて蒸発した。


 もう壮年の男には、中の様子なんて分からない。操作を手放した二人のことなど、どうでもよかった。なぜなら、直前に見たその光景は、行動の意味を、欲張りの意味をことごとく台無しにする。無為にする。ふいにする。光景を確認する時間すら惜しかった。


 それは、どう転んでも、事態は壮年の男にとって、想定外の最悪。今の今になって、浮かんだ、更新された、最悪。だからこそ、壮年の男は、これまでになく取り乱していた。


わし()()()()()に、触れるなぁああああああああああああ!」


 駆ける男の叫びに、呼応するかのように、収縮は最終段階へ入る。


 ギギギギギギギギギギギギギ、メキメキ、ビキビキビキ、ギギギギギゴガギギギギ、


 透明とうめいな箱を、外から押し付けるように、壁面にめり込まるようにドーム外壁は縮む。開いた面を横に向けて転がり、外壁と建物壁面に挟まれた透明な箱に壮年の男は飛び入って、


「させんぞぉぉお、絶っ…―」


 ブゴォオオオオオオオオンンンンンン!


 壮年の男の視界は、意識は、吹き飛んだ。横から不意に訪れた、黒くえ立つかたまりのような何かが、見えたような気が―…


 ゴォオオオオオオオ、ボゴォオンンンンンガラララララアアアアアアアアア――、ゴォオオオオオオオオオオオオオ――


 建物の壁面は、くだけるように、半壊した。


 そうして――()()()()()()

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