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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 第三章 本拠地阿蘇山島
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第三十七話 少年の釣り理論(根性)

 少年たちは学校を出て移動しているところであった。目的地は、高岳。今いる地点より少し東の、一際高い山。その頂上。そこにある巨大な釣堀である。海水ではなく、淡水に住む魚。それを釣ることができる少し変わった釣堀なのだ。


「え、川魚ってことは、海の魚よりも難易度数段落ちるんちゃうん? それやったら海まで行ってそこで釣った方が楽しくない? 何よりタダやし。」


 後部座席に座る少年は、助手席のリールに身を乗り出して疑問を投げかける。


「そんなことないわよ、ポンちゃん。今から行く釣堀はね、日本国内でも有数の難易度の釣り場なのよ。だって、普通の川魚なんていないからね。」


 少年の頭を撫でるリール。いつものように。


「私これまで怖くてあそこは行ったことないんですけど……。釣りに来てる人たち殺気づいてますし、そもそも私だと全く釣れないでしょうから……。」


 運転中の講師がその不安な気持ちを吐露する。その釣り場は猛者が集まることで、地元では有名だったのだ。目のぎらつき具合が他とは隔絶しているらしいのだ。


「おいおい、そんな後ろ向きでどうするねん、先生。あんたそれだと永久に釣り上手くなれないぜ。釣りってのは、釣れると思って全力で取り組むもんやろ!」


 熱く右手を握り締め、肘を突き出す少年。そこには先ほどまでとは違う強い熱が篭っているのだった。


 乗り物に乗って移動しているため、かなり移動は早い。この講師は研究者でもあり、彼の研究している品の一つ、車である。とはいっても決して金属でできたものではない。彼が苦心して、モンスターフィッシュの素材を使用して再現した、車みたいな何かである。






「あなたに教えないといけないのは釣りの知識やコツではなくて心構えね。だから釣り具はこの釣り堀のを借りることにするわよ。」


 リールの指示に従って、釣り具を選ぶ講師。一応、メンテナンスが行き届いていないものをリールの判断で避けて、ようやく一本の釣り竿を選んだ。


「じゃあ、先生、見とけよっ。」


 少年が釣竿を降ろすこと数秒、早速かかった。全く警戒なしに、魚は少年の竿の釣り針に食いつく。


「さすがモンスターフィッシャーですね!」


 常識では考えられない速度でのヒットに講師の声はたじろぐ。周囲の釣り狂いたちもその様子を見てざわめく。横でにやにやするリール。


「いやな、先生。これ別にすごいことでも何でもないんやで。そもそも、俺がモンスターフィッシャーになったのわずか一週間前やで。だから、こういうことはなやろうと思えば普通の釣り人でもできるもんなんや。」


 流石にこれは言いすぎである。しかし、似たようなこと。早い段階でのヒットは、釣りに慣れた釣り人であれば容易にできるのだ。経験と蓄積したコツ。そして、釣れないとか、釣ってやるとか、考えるのではなく、釣れるのがごく自然、当然なことと思って疑わない。当然のように、息をするように釣るのだ。でっかい魚を釣ってやるとか、たくさん釣ってやるとかいった思いを心の奥に秘めながら。


「これが何でかあなた自身に気づいてもらうこと。それが私たちがあなたに教えようとしているものよ。あなたは釣りの知識は持っている。コツは後々掴んでいくとして、最も肝心な心構えがあまりに杜撰(ずさん)なのよ。」


「まずは、諦めずに釣ろうとすること。そこからよ。」


 リールはその頭でっかちな講師にびしっと言い放つのだった。






「今日は釣りに心から打ち込むことができました。見てください、こんなに釣れたのは私、始めてですよ。」


 バケツ7杯分。講師はとてつもない量を釣り上げていた。3時間程度でこれである。この釣堀の難易度からすれば、大健闘である。一日釣りに打ち込んでボウズということも決して珍しくはないのだから。


「本当にありがとうございます!」


 本当に嬉しそうにしている講師。


「先生。どうやら足りなかったのは心意気だけやったみたいやな。今度はモンスターフィッシュにでも挑戦してみたらどうや? 学校の生簀にいっぱいおるねんから。もし一人でやるのが不安なら、クーにでも見てもらったらええやろう。あんたのいる学校で研究やってる奴。知ってるやろ?」


「え……。」


 戸惑う講師。クーのことは知っているが、それは彼が優秀な研究者であるということまでである。


「あいつバリバリのモンスターフィッシャーやで。俺やリールさんと同じ、釣人旅団の一員やもん、あいつ。」


 少年は胸を張り、自信ありげに……言ってしまった。


「あらあ、ばらしちゃったかあ……ポンちゃん……。そのこと、クーちゃんは秘密にしてるのよ。」


 リールは頭を抱える。


「え? なんでや?」


「それは本人に直接聞こうね。謝るついでに。」


 リールは苦笑いするばかり。






 そして、次の日。少年はクーに頭を下げに行った。リールが付き添おうとしたが、断って一人で向かう。謝ると、あっさり許してもらえた。そうひた隠しにするものでもないでしょう、と。ばれたらばれたでいいと思っていたらしい。その日はポーも研究室にいたが、彼女もそれに同意する。


 ここでは、クーは自身の正体の一つ、モンスターフィッシャーであることを隠していた。釣り人としてではなく研究者として見られたいからである。


 そのため、ポーが釣人旅団の一員でモンスターフィッシャーであることを講師は知らなかったのだ。正体が露見した後も、校内の人間は彼のことを研究者としてしっかりと認識しており、彼を釣り人として見るものは皆無だったそうである。



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