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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
373/493

---090/XXX--- 沈黙と不穏の紙音

 結局そこには、少年の見る限り、手掛かりといえそうなものは何一つ残っていなかった。


(お姉ちゃんの方は、何も、起こって、ないやろうか……)


 スッ、コトッ。


 リールのことを心配しつつ、荷物である複数の袋のひもを持ち、持ち上げ、背負う。


 その辺に置かれていた、開封済の、生体部品入りだったであろう箱の中身は空だった。内容液は蒸発したのか捨てられたのかのきっとどちらか。そもそも、残っていたとしても、変色している可能性もぬぐえず、結局どうやったって役には立たないだろうと少年は冷静に判断していた。


 無いものは無い。使えない物は使えない。無理やり活かそうだとか、こじつけるように何かに結び付けるだなんてことは、間違いへの第一歩だと少年は知っていた。そうできるだけ冷静でいられるように、切り分けていた。


 分けて考えていた。だからこその先ほどの嘔吐おうとでもあった訳ではあるが。


(急がな……)


 少年はすぐさま、走り去るようにそこを後にして、来た道を戻ってゆくのだった。


 この区画に踏み入るのは初めてだった少年は結局、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少年が至らなかった、というよりは相手が悪かった。


 悪意をはらんだ多重の策。人の悪意とは、極まればどこまでも恐ろしい。それは、大胆で大掛かりな仕掛けだ。それが動くさまは、丸見えだ。微塵みじんも隠れてなんていない。現に今も動いている。しかし、大き過ぎるが故に、それが一つの仕掛けだと、視界に収め、気づくことができなかった。


 今がたとえ余裕がなく、冷静でないとはいえ、たとえ、心の平静も頭のえも万全な状態であっても、気づくことができたかどうかは怪しい。


 そういう発想が、そういう仕掛け方が、あるのだ、と経験でもしていない限り。






 そして、更に面倒なことに、当然、仕掛けは、それ以外にも。現に、今、また一つ、少年たちの前に姿を現した。


 ギギギギギギ、ゴォォンンンン!


「お姉ちゃんっ! 戻ったで」


 そう叫んだのに、返事は、返って、こない……。


 よじ登ってきて、エレベーターのとびらをこじ開けて、少年が戻ってきたら、()()()()()()()。リールが、扉が開くと同時に何も声を上げなくて、あまつさえ扉が閉まった後に少年がこんな風に必死に繕って明るく呼びかけたというのに返事すら無い。


 パラッ。


 少年は、静まり返った部屋の中、紙がめくられる音だけが時折するだけな、その場に、やっと違和感を覚えた。


(何か……、あった、んか……?)


 少年の視界には、リールが写っている。こちらに背を向けた上で、紙片の山の前にいて、そばに、数十冊の本が積み重なってあるのが見えていた。だいたい、今ちょうど、左に足を寝かすように女の子座りをしているリールの高さと同じか、それよりほんの少し低い位。


 少年が持ち出していた本の山は消えており、リールのそばのその本のとうに吸収されたのであろうことは明らかだった。


(お姉ちゃん……。寝てる訳やない。起きてる。本か、あの山のような紙のどれかを多分、今も読んでる、んか? 集中、してるんやろうか? けど、お姉ちゃん、らしくない……。何か……、おかしい……)


 ごくり。


 少年は突如溢とつじょあふれそうになった生唾なまつばを飲み込む。


「お姉……ちゃん……?」


 小さな、小さな、声で、そう、たずねるように、呼んだ。


「……」


 返事はない。微動だにしない。


「っ……」


(嫌な、予感が、する……。怖い……。けど、確かめ……んと……)


 ザッ、ズスッ。


 少年は背負っていた全ての荷物を置いた。


 真っすぐ、前を見た。リールまで、ほんの数メートルの距離。だというのに、ぐわんと視界が歪んだかのような錯覚を一瞬覚いっしゅんえた。


(……。くそっ……)


 把握した、たった数メートルが、どうしようもなく、遠く、思えて、しまった……。


 それでも、少年は、震える足で、何とか、一歩を、踏み出した。


 コトッ。


(確かめ……んと……。確かめ……んと……)


 自分でもどうしてか分からないくらい、切羽詰せっぱつまっていることを少年は自覚していた。怖いくらいに、自分が不安定になっていると、自覚していた。しかし、どうしようもない。どうであろうと、やらなければならないことは、どうやってでもやらなくてはならないと、いたく、知っているから。


 頭で考えたでなく、染み付いた生き方のようなものに背を押されたのだからこそ、そうやって、何とか、動けていた。


 コトッ、コトッ、――


 ひどくゆっくりと、不安を顕著けんちょに現したようなぎこちない足音をことり、ことり、と立てながら、ゆっくりと、リールの方へ、向かってゆく。


 パラリ。


 また、紙をめくる音が聞こえた。


(何、なんや……。一体、何を、読んで……るんや……)


 コトッ、コトッ、コトッ。


 そうして、リールのすぐ後ろ。十センチ程度。息の音すら聞こえてきそうな距離。右手を、伸ばし、


 トッ。


 リールの左肩ひだりかたに、触れた。


 パ…―


 紙をめくられようとする音が、丁度、中断されるように、止まった。

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