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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
372/493

---089/XXX--- 理由をつけて詰めて、それでも運否天賦であっても、籤を引くことから逃げなかった

 ゴォォォォォォォ――


 いつの間にか周囲一帯が揺れている。この場所だけではなく、全体が、とどろくように揺れている。


(……く……そ……っ……。もう、時間、切れ、かいな……)


 どれを選べばいいか、分からない。最初から、一歩も考えは進んでいない。今すぐ戻るべきだ。目についた幾つかを勘を頼りに見繕みつくろって、今すぐ、戻るべき、だ。


 そう、分かっていた。


 しかし、躊躇ちゅうちょした。


 少年は知っている。痛いほど、よく、知っている。自身に、運否天賦うんぷてんぷは向いていないと。自身のこれまでの生き様からして、決して運はよくない方、いや、どう見たって、下から数えた方が早そうなくらいに悪いと分かっていた。


 ゴォォォォォォォ――


 だからこそ、理が欲しかった。運ではなく、論理に沿って選びたかった。しかし、もう、駄目だ。無理だ。確実な決め手無く、選ぶ他、無い。


(明らかにこれはちゃうやろって形したやつだけ退けて、残った中から、選ぶしか、あれへん……)






 ――数分後――


 できうる限り慎重に、しかし、急いだ。


 一つ一つ手に取って、中身の迸る触手の数や形状を見て、時折箱の外から刺激したりして形状変化を確認したりして、大まかに二通りのもののみを、持っていく候補として少年は残した。


 滑らかな大量の繊維の束でできている、角ばっていない、トゲトゲしていない、外から刺激を加えても荒れ狂わない、しかし、何やら反応が返ってくるものだけを少年は選んだ。


 それでも50を少し超える程度の個数。


 全部なんてとても持っていけない。一つの袋に入れられるのは、袋の大きさと強度からして、二つが限度だったのだから。


 そして、注射器用の袋が二袋。義手義足用の袋が一パーツが入れられる限度であったため二袋破ってしまい、三袋。義手義足の中身の生体部品の袋として使えたのは結局四袋。他は一つ入れただけで重みに耐えきれず裂けて使えなかった。


「……。義手義足のガワ。今すぐお姉ちゃんの足にす分が一つ。予備と研究用に義手義足さらに一つ。注射器は、……一応、緩衝材の中に詰めれるだけ詰める形で二袋分に抑えた。武器としても使える訳やし。残った袋は、重みで破れへんかった分が、三つ。……たった、これだけか。これだけしか……持って、いけへんのか……」


 もう、全部、め終えた後だった。生体部品の選別は、後は、色合いが人の血肉に似てそうな感じがするだとか、目についた順だとかで、それ以上は絞り切れないと泣く泣く割り切った。


 荷物の中身を声に出して確認しながら考えを整理していたのは、悪あがき的な意味合いもあったのだろう。


「……。注射器、全部、置いてくべき、なんか……? けど、注射器移した袋は、元から痛みが激しくて、弱ってるやつや……」


 ザッ、ズスッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ、――


 もうこれ以上最適化なんてできはしない、と、少年はその場を後にした。そうやって動き出して、区切りがついたのか、ふと浮かんだ考え。


(……。一応、他の部屋も、見てみた方がええかもしれへん。お姉ちゃんがあの手足つけられた部屋が分かれば、持っていく荷物も、もっとしぼれるかもしれへんし、もうちょっと、色々ましになるかもしれへん。……もうちょっと……。もうちょっとだけ、や……。もう、ちょっと……)


 荷物も、のっそりゆっくりしか歩けない程に、重かった。また上へ登ってゆくには結構際どいと思ってしまうくらいに。


 スッ、コトッ、コトッ、コトッ、コトッ――






 ギィィィィ、


 コトッ、コトッ、


 スッ、ゥゥウウウドオンンン。


 【キマイラ】の文様の表札のある部屋。そこへ踏み入れ、重いとびらから手を放し、まった。


「……」


(ここ……や……)


 スッ、ドトンッ。


 注射器などの備品の部屋を出て、立ち入った別の部屋。そこに立ち入ってすぐ、背負っていた荷物のひもを手の力が抜けるように放して、半ば落とすように置くことになった。


 視覚と嗅覚きゅうかくが、少年に、そこが、リールの義手義足の取り付けの為の施術が行われた場であると理解させたのだから。


 血みどろの手術台。機械じみた覆いのついた揺りかごのような、背も頭も全部、もたれさせられることができそうな椅子いす。その部屋にあったのはそれ位だった。しかし、もうそれだけで衝撃は十分だった。


 特に後者。椅子いす。座って背を頭をもたれさせるに十分な大きさの、機械チックな加工がされた椅子いす。手と足の置き場とリクライニング部分には、拘束用の太ましい帯のようなひもがある。汚れている。染み付いている。痕跡こんせきが。


 そこからは、見た目通り、血反吐や吐瀉物としゃぶつといった各種体液の、様々なものが混じったような強烈なにおいがあった。おぞましいはずなのに、知っているような気がするにおいだと、少年は感じた。


 何か、知っているものに似ている。


 少年はそんなことを考えつつも、別の、抑えられたい思考が邪魔をする。あのときの光景。自分が砂浜で重荷になったが故にどうしようもなく損傷してゆく、リールの姿。情けなくも、無力に、自身は気を失っていたが故に、それは想像でしかない。しかし、鮮明だった。そして、幻想であるが故に、自身の見た現実の情報に引っ張られる。この施術の場の惨状を目にした以上、その想像はより悪い方向に傾くのは当然だった。


「ぅ、おぇぇぇぇ」


 ベチャッ、ビチャッ……。


 吹き上げてきた圧に耐えきれず、崩れるように、いた。






 スッ。


 すぐさま少年は立ち上がった。


(覚悟かくごが、甘かった……)


 険しい顔をし、口元をぬぐいながら。そして、敢えて、


 スゥゥゥゥゥゥゥ――


 長く、大きく、息を吸う。鼻で。強烈なにおいが、無意識に浮かべる幻想の映像を掻き消した。腹からの突き上げを少年はこらえつつ、踏ん張った。そして、自身の吐瀉物としゃぶつの臭いも混ざりつつも、冷静に、においから情報を読み取って分かったこと。


 まだ、新しい。


 自分のものを除いても、かすかな湿気と共に残り香が残っていた程度には。血反吐ちへどを主とした、色々と混ざったにおい。しかし、よく知っているにおいのような気がした。それが気のせいだなんて考えは少年の中にはなかった。


 そこで施術されたのだろうということは明らかだった。


(……)


 丁度目の前の椅子いすには、手足、胴を固定する太い帯のような汚れにまみれたひもが付いて、垂れていた。


 スッ。


 位置的に大腿部だいたいぶの辺りを固定していたであろうひもを手に取った。姿勢を低くして、それを自身の鼻の前に。そして、鼻で、息を吸った。


 間違い、なかった……。


(お姉……ちゃん……)


 それは、リールの、におい。

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