---088/XXX--- 用途不明、類似数多の箱という問い
「……。くぅぅっ……」
ギリリリリリ。
少年は、険しい顔をして、立っていた。
奥の部屋。天井まで高く大量に積み上げられた箱と、散乱した箱。それも、同じ大きさの、金属の骨組みと透明な面によってできた大量の、箱。縦150センチ、横50センチ、高さ50センチ程度の、箱。どれも閉じている。その中には、色々な液体。色々な浮かんでいる何か。
多分、シュトーレンは、この中から適したものを取り出して、リールの左腕断面と右足断面に施術した義手義足の中身、筋と神経として、植え付けたのだと少年は推測した。
それらは、目なんて持たない。小石程度の大きさの幾つかの臓物のようなものから生えた、大量の細い線の束なったような筋の帯や紐でできた化け物だ。まるで意思あるかのように、容器越しに、こちらへと、触手のようにすら見えてくるそれらを、ぴたり、みしり、ぐにゃりとつけて、明らかにこちらを捉えていた。
充填されている液体もどす黒い黒色から無色透明までいろいろ。ぶくぶく気泡のようなもので泡立っていたり、一部凍結していたり、ぐにゃりぐにょりと、膨れ上がってぎゅうぎゅうになるように体積を増やしているものなど、その挙動も多種多様だった。
箱を突き破りそうな勢いであっても、そうはなるまいと少年は推測していた。もしそんなになっているなら、中身が抜け出た残骸が散乱しているべきなのだから。
そう分かっているからこそ、まだ、辛うじて、行動より先に頭を使えているのだと自覚できる。ギリギリのところで、辛うじて安堵できる。
まだ、絞り込みをかけることはできる筈だ、と。
ストッ。
箱の一つを手に取った。
中身は当然入っている。それの中身は、毒々しい紫色の、半透明な液体で満たされていた。その中に、緑色に腐り落ちたかのような色合いの筋の集まりのような触手がばらけて漂っていた。その中央に、小石程度の大きさの、小さな小さな心臓のような、赤黒い臓物が見えた。
とくん、とくん、とくん、とくん――
ぐわん、ぐわん、ぐわん。ぐわん。
脈打つ感じが、箱越しに伝わってくる。蠢く波打ちのような振動も重なって伝わってくる。
少年は、中身ではなく、箱そのものに目を向けてみた。
が、箱にシリアルナンバーなどは刻まれていない。違いは、箱の中身に広がっているだけだ。開けて確かめる訳にもいかないので、充填されている液体が邪魔だった。出して見てみないと、リールにつけられたものと同じかどうかの一応の判断すらできそうでなかったから。
尤も、箱から出して、見掛けがいっしょだったから、と言ってそれがリールに植えられたものと同様であるかなんてことは確かめようがない。
上に戻って、リールに直接試す以外、ないのだ。
箱を持ったまま、後ろを振り向いた。
麻袋のうちの、3袋くらいが既に前の部屋で満杯になっていた。
(袋に入れるんやったら、もうちょっと、吟味、したい……)
割れ物であるために梱包を捨てることはできない。
そして、ここにあるのは、悉く、生もの。だからこそ、保存と保護の為の容器であるそれも、殻は外せない。
全部は明らかに運べない。リールの義手や義足の中身と同じものがあるかどうかすらも分からない。義手の殻も義足の殻も、スペアとしていくつか持っていく必要もある。
少年は、選択を、迫られていた。
(こんなことやったら、お姉ちゃんに無理にでも来…―いや、あの手、やで……。生身な右手も、義手な左手も、ぼろぼろや。きっと登ってくるときは必死やったやろうから登ってこれたんやろう……。またやったら、今度は落ちるかもしれへん……。それに……、右足の義足なんて、もげてるんやで……。しかも、あの調子や。あんなんで、力なんて、出る訳、あらへん……。歩くのだって、壁を杖にして、やっと、やんか……。それでも無理やりついてきてくれていたとして……。お姉ちゃんのことや。自分が重荷になってるって信じ込んだら、迷わず、手、放す……)
絞り出すように笑顔を浮かべながら、エレベーターのケーブルから手を話し、涙を流しながら、落ちてゆくリールの姿が、鮮明に、浮かんだ……。
ドンッ。
「くそぉぉぉぉぉぉおおおっ!」
思わず、叫んだ。こんなもの、どうしようもないではないか、と。どれが正解のものか確かめる術はない。また、登って戻らないといけないのだから、持っていける数は限られている。往復は恐らくできない。一度で持っていける分が限度。
だというのに、選択肢は100を超す。幅6メートル、高さ2メートルの壁面一帯に、天井まで積み上げられた、義手義足の中身の数は、少年が地団駄を踏むしかなくなるには十分だった。
(時間が、無い……。いつまでも、迷ってなんて、いられへんのや……。時間が空けば空くだけ、何か起こってしまいそうな気がしてならへん……)
時間だけが、嫌に流れてゆく。
ポタッ、ポタッ、――
熱くなんてない筈なのに、汗が、噴き出すように流れ始めていた。
(いっそ、俺の体で、試して、みる、か……? いや、論外や。一回取り付けたら外せるかどうか分からへんし、俺自身の手や足、その為だけに切り落として、お姉ちゃん、それ見たら、どんな顔、する……? ……。…………。………………)
考えは、血迷った方向へと偏っていっていた。今は何とかそれが自身でも理解できているから辛うじて留まっていられる。しかし、それすらも、ブレーキが、躊躇が、外れたなら――後のことなんて何も考えないかのように、思いついたまま、即、自分の手足をこの為だけに切り落とすことをやってしまっていても全くおかしくない、と思ってしまう程、自身が切羽詰まってきているのだと分かってしまっていた。
(注射、打つ、か……? むきむきになったら、持っていける量、増えるんちゃうんかなぁ)
ふと頭に考えがよぎり、すぐ自分の後ろに置いた袋の中から、包まれた緩衝材ごと注射器を取り出して、はっと、ぞっと、する。
(っ……! 何、考えとるんや、俺……。そんなことしたら、そもそも、正気失うかもしれへんやろっ……。お姉ちゃんとこまで戻れなくなるかも、知れへん、やんか……!)
流れる汗は、冷んやりとしたものに変わっていた。




