第三十六話 狩る者と釣る者
「さて、では釣竿は用意してありますので、各自好きなものを選んで生簀の魚を釣り上げてみましょう。」
他の生徒たちは次々と釣竿を取り、そこから一番近くの生簀の周りを囲むようにし、釣竿を垂らしていくのだった。
少年とリールは他の生徒たちが釣竿を取って場所を確保するまで待ち、動き出す。
「リールお姉ちゃん、俺らはこっちで釣ろっか。あっちはいっぱいやからなあ。」
少年はしっかり周囲を観察しており、人のいない、離れた生簀の存在に気づいていた。
「いいわよ。」
「せっかくやから、勝負しよかあ。負けた方が勝った方の言うこと何でも一つ聞くってのはどうや?」
少年は勝負事が大好きである。特に釣りでの。家族ともたびたび雑魚釣り勝負をしていたのだ。
「うふふふふ。いいわよ、ポンちゃん。やっぱなしとかだめだからねぇ。」
背筋が冷える。少年は自身の言動に後悔しつつも勝負を始めた。要は勝てばいいのだ。それだけの話だと。
「ちょっと、釣さんとリールさん。そっちはモンスターフィッシュの生簀ですよ。こっちの方で……。」
言葉を失う講師。彼が見ることになったのは、二つの瓶と、その中を泳いでいる大量のモンスターフィッシュ。瓶を持っているということは二人はモンスターフィッシャーである。
しかし、並みのモンスターフィッシャではない。自身のためにカスタマイズしていないただの釣竿で、生簀の中のほとんど全てのモンスターフィッシュを釣り上げていたのだから。
その様子を見て、他の生徒たちも自身の釣竿を投げ出して少年たちの方へ向かってくる。そしてそのありえない光景に阿鼻叫喚するのだった。本物の釣り人だ、と。
モンスターフィッシャーには二種類存在する。狩る者と釣る者。
狩る者はモンスターフィッシュに手段を問わずにアプローチする。モンスターフィッシュの多様な利用価値、危険性からそれに目をつけた者たちである。
一方、釣る者はモンスターフィッシュを釣竿を使った釣りでアプローチする。前時代からの釣り人、現在の狭義の釣り人、モンスターフィッシュを大物と見立て、釣り師としてそれに挑む者たちである。
少年やリールにしきりに話しかける生徒たちが完全にはけた後、用具の片付けが始まり、その中、講師は少年に話しかけてきた。
「釣くんもリールさんのようにモンスターフィッシャなんですね。……あれ、ではなぜ私のこの講義受けたんですか? あなたのような凄腕の釣り人には私の講義を聞いても実りは少ないでしょうに。」
講師は不思議に思ってそう尋ねたのだ。ネガティブなのは性格であり、皮肉を言っているつもりはないようである。それは、彼の顔に出ている純然とした好奇心から伺える。
「この本で見た学校っていうやつを実際に見てみたくなったんよ。」
少年はそう言って、所定の場所に釣り竿の束を立て置き、背中の飴色の牛革製のリュックに入れていた本を取り出して手渡す。
「ポンちゃんそれ重くないの? けっこうな分厚さだし置いてきたらよかったのに。」
少し離れた場所にいたリールは少年の元まで駆けてきて、ずっと言及せずにおいた少年の荷物について我慢できなくなってとうとう、そう切り出す。
「いやや、なんかこの本な、ずっと持っておきたいんや。そのためにわざわざ持ち運び用のリュック作ってんで、俺。」
「この講義終わったら少しお話しませんか。主に釣りについてです。私は釣り好きですが、へたくそでしてね。どうにかしてうまくなりたいんですよ。雑魚程度ならぎりぎり人並みには釣れますが、それ以上になるとさっぱりでして……。」




