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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
366/493

---083/XXX--- 血泥イ紫黒ナ色ノ愛

 ピッ。


 めもなく、あっさりと、すんなりと、それは点灯した。黄色く、上三角が点灯したのだ。反応したのだ。


(ポンちゃんの、言った通りになった……。海の中にあって、水没すいぼつが想定されてない訳なんてないものね。上に、いてくれてるのかなぁ……。ポンちゃん……。ポンちゃん……)


 とびらが開いた直後の流れに流され落ちないように、離れて距離を取る。5メートルくらい離れて、天井に向かって、義手である左手の拳を思いっきり、放つ。


 ビシャ、バスゥゥウ!


 もう、天井までの高さは、5センチ程しかなかったというのに、それは、天井に深くめり込んだ。無理やりめり込ませた中で、その手を開き、中のコードやら何やららしい束を、思いっきり、握る。


 ググゥ、ギギギィッ!


 息はギリギリ。必死に顔を上へ向けて伸ばして、恐らくこれが、この現状が続く場合の、最後に許された呼吸。


「ハァ、スゥゥウウウウウウウウウ――ウッ」


 大きく大きく吸って、止め、顔を頭を水に沈めた。これ以上は水を飲む恐れがあると。


 ザブゥン。


 するとまたあの音がする。 


 ォォォォォォォンンンンンン――


 轟音ごうおんが絶え間なく響いている。息は持つかは分からない。しかし拳は、一階層と二階層の敷居を完全に貫けた訳ではない。


 だからリールはけた。自身の息が保つ方へ。


 息が切れる前に天井をぶち破るか、エレベーターが自分の息が切れる前についぞちゃんと扉が開くとこまで動いてくれるか。


 待ちにけた。そもそも、勝ちの目がないかもしれない賭けだ。どっちを選んでも、今肺の中にある空気では到底足りないかも知れないから。


 水死がすぐそばまでにじり寄って来ているようなものだ。


 しかしそれでも、そんなものは、恐怖の対象ではなかった。頭の中に、自身の死が、とても近いところまで来ているようなものだなんてこと、どうでもよかった。


 気づいていない訳ではない。死の冷たい吐息といきは、感じている。けれど、けれども、そんなものよりもずっとずっと、だた、


(ポンちゃん……。お願い、生きていて……。それだけで、私はもう……救われる……)


 少年の死の可能性だけが、自分のせいで少年が死ぬことが、ずっとずっと、怖くて怖くて、死んでしまいたいくらいだった。


(……。許して……。ポンちゃん……、私を、許して……。死なないで……。死んでいないで……。私のせいで……死なないで……)


 息も苦しくならない。けれど、胸は苦しくなる。時間はとても長く長く感じる。


 ォ~ォ~ォ~ォ~ォ――


 轟音ごうおんは間延びして、間抜けなくらい情けない音に聞こえる。


(お願いお願いお願い……。許して……。死なないで……。生きて……。私なんかどうなったっていい。……。けど、身勝手に我がままには死にたくないの。ポンちゃんの為に死ぬべきなの……。ポンちゃんのために、死にたいの……。だって……そうじゃないと……もう、私は……)


 ブクッ、ブクッ、


(……)


 ォ~~ォ~~ォ~~ォ――


(許して……、ポンちゃん……。どうか、どうか、生きて……いて……)


 逃避するように、目を閉じた。


(……)






 ポォゥ。


 大量の水によって、ぼけたような音になっていたが、確かにそれは、扉が開く直前の合図。


(……。まだ、生き、なきゃ……)


 ギギュゥゥゥッ!


 一際強く、握る。きっと、悲壮な顔をして。


 ゴォォォ、ザヴゥゥアアアアアアアアアォアァァオァオアオォォオァアウゥォウゥゥウウ――


 響く、鈍く、強く、水が動く音と共に、


 ガゥゥンンンンンン――


 天井の中身を握った義手に圧が掛かる。体全体にも、押し流されるような強烈な圧が。それでもリールは流されない。流れが弱まるのをじっと待つ。


 全力全開な力で義手で握っている。食いしばって水の圧に耐えている。しかし、真っ青に無表情だった。口元に力を込めているのに、その表情は冷たく固く固くなっていた。きっと、おかしな顔をしている。いびつな顔をしている。当分治らないだろう。


 そんな顔で、少年に再開することになるのかも知れない、だとか、こんな時ですら自分本位な身勝手な考えが浮かぶことが、嫌で嫌でたまらない、怒りも嗚咽おえつも浮かんでこない。ただ、悲しく、虚しく、どうしようも、ない……。


 グゥゥンンンン――


 流れが弱まったのを感知し、天井の中身を握るのを止め、重さに任せるかのように引き抜いて、


 ブクブクバザバザァァ――


 流れてゆく。流されてゆく。流れ込んだ先。滝のように落ちる水。その流れに引っ張られていく。中央に支柱。真っ直ぐ伸びたエレベーターのレールの一本。それを義手である左手でつかむ。そのまま、強引に、腕の力任せによじ昇り、あっけないほどあっさり、抜ける。


 バシャァァアアアアアア――


 体中から、水がしたたり落ちる。きっと、物凄く重いはず。リールの義手でない方、生身の手は、皮がずる剥けて、赤黒い紫色ににじんでいた。


 ビシュッ、ギゴゥン、ビシュッ、ギゴゥン、――


 それでも、そんなもの気にしないかのように、ひたすらに、見えないほどに、上に真っすぐ続くそれを、リールはよじ登ってゆく。休むことなく、まるで、階段をかけ上がるような速度で、猛烈もうれつに。


 ビシュッギゴゥン、ビシュッギゴゥン、――


 生身の手。血は垂れる。血は滴る。肉は更に裂けた。肉は更にけた。骨は悲鳴を上げるかのように時折、きしんだ。


 その後に、左手である義手の無機質染みた音が響いた。それの繰り返し。それの間隔はどんどんまっていった。


 生身の手の方と同じように、義手であるそちらの方もすりむけていっている。【肉スプレー】はがれ落ち、鐵色くろがねいろの骨組みとその中の今は安定しつつもうごめく臓物のような長くからんだ中身がむき出しになりつつ、そんな中身自体も、痛み、ところどころ黒ずみが見えた。


 


(私の心の、色みたい……。こんなどす黒くおぞましく、私は、汚い。ずるい。でも、ずるいまま、無意味に死にたくなんて、ないの……。もうこれ以上、私なんかの為に、誰も、死んでほしくなんて、ないの……)


 そんな痛みも痛々しさも――どうでもよかった。リールにとって。


(……。…………。………………。)


 ビシュッギゴゥンビシュッギゴゥン―― 


(……。…く……。は……く……、早く……。……。早く……、早く……、早……く……)


 ビシュッギゴゥンビシュッギゴゥンビシュッギゴゥンビシュッギゴゥン―― 


 虚ろな目をして、上を見上げ続け、リールは終ぞ、手を止めることは、無かった。


 スットッ。


 義手と血腫ちばれの手で、とびらをこじ開け、


 ググググギィィィイイイイイイイ、


 昇り棒を蹴り出し、


 トンッ、スタンッ、


 潜り、向こう側へと難なく着地し、


 ゴォンン!


 とびらは閉じた。


 書庫の間の階。


 ドンッ、バサバサバサバサ――


 物音が、した。


「無い……。くそっ……」


 声が、した。


 さっきまでのねっとりした心は嘘のように消え、自身のずぶれ血みどろなんて忘れたかのように、駆け出した。円形の広場。その向こう側へと。


 ビシャビシァバシャシャシャシャシャシャ――


(よかった……。よかったよぉぉ。よ"がっだよ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ")


「ポンちゃぁああああ"あ"~~んんんんんんん"ん"ん"ん"ん"」

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