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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
364/493

---081/XXX--- 彼女が儘の凍結故にそれは依然彼女だった

 場所も時間も離れて、戻るように、下方、後ろ。


 少年が心配してやまない、リールの話。その続き。


 彼女は少年が待っている場所、合流時点へと向かおうとしていた。その道中での災難、二体の魚人。見かけ倒しな一体を倒し、曲者と見極めた、まだ生きているもう一方と対峙たいじしていた。


 空間としては広くとも、所詮しょせん、一区画の一部屋でしかないそこでの時間制限は、短い。おまけに敵は、水を恐れていない。なら、見掛け通り水に適応しているかも知れない。何せ、どう見たって、他の魚人たちとは格が違う、特別製だ。


 けりはついていない。まだ、途中。


(問題はこっち……。読めない……、というか、分からない)


 リールは、それの方を見る。それは、微塵みじんも動揺していない。恐怖を感じてすらいない。よく、分かる。相手の表情は目を除き、人間のそれなのだから。


(鯱魚人シャチぎょじんを、どう見てた? 仲間? 違う。部下? 違う。 相方ですらない? なら、最初庇さいしょかばったのに説明がつかない)


 相手は、その、まぶたの無い大きな目でリールを見据えていた。動き出そうともせず、その青い顔は、最初と変わらないほとど無表情で、こちらをただ、見ている。見ている。見られて、いる。


(やっぱり、分からない。それよりも……、こっちが、観察されている……。のぞくように。……)


 その、光をひたすらに吸い込んでいくような、黒い、深い、目で。


(終わらせたい。けれど、攻められない。この義足は、もう、動かない。つえにもならない。なら、)


 ボロッ。


 義足は、くずれるように、根本から、もげた。それでもリールは体制をくずさない。相手は、どうしてか、攻めてこない。今のは、絶好のチャンスに見えたに違いないのに。


(……。乗って、こないわね)


 リールは冷静だった。未だ、冷静だった。機動力を失った状況になって、その上、まだ、相手は残っていて。けれど、慌てる様子もない。少年の元へこれではすぐに駆けつけることはできないし、まともに助けになることもできないと、らしく焦燥しょうそうする様子もない。


 目の前の状況しか見ていない。先を、後のことを、見ていない。その義足である右足が壊れたこと。替えなんて、この場所以外ではまずないだろうこと。そんなこの場所は、今にも、海水によって、注ぐように満たされ始めようとしていること。そもそものところ、このままでは、脱出の手段はなく、目途も立っていないこと。


 見ていない。意識は微塵みじんもそんな先へ裂かれていない。あるはずの保身が、後の心配が、心の表層のどこにも、今はない。


 先ほどまでよりずっと、視界は狭くなり、心は、こおり付いている。思考は止まっていない。しかし、視界は、目に映る全てにしか、張られていない。


 まるで、目の前の作業を片付けるだけの、それに特化しただけの、兵隊のように彼女は今、なっていた。あの覚悟が、そうさせた。彼女の真に優れている特性。集中と、それによる目の前の状況一点に対する特化。過集中が、彼女の心を凍らせる。彼女に、届かぬ不可能を、限定的に可能にさせる。


 それは、彼女自身が自覚していない彼女の特性。少年は未だ知らない、一流としては何か足りなくもろく見える彼女が、それでも数多を隔絶するように一流たる所以だった。






 こおっていても、義足である右足がもげようとも、彼女は止まらない。彼女の思考も、遂行も、止まりはしない。この状態のときの彼女自体に、止まるという選択岐自体せんたくしじたいが最初から無いのだ。


「攻めて、来ないの? それが、貴方のやるべきこと、でしょう?」


 そう、リールは問いかけた。


「セセデ、ゴガギゴ? ドデダ、アダダドダドゥデディドド、デヂョブ?」


 相手は、そう、口を動かし、言葉っぽい何かを口にした。


「ふうん。それじゃあ、何故、()()()()()()()()()?」


 リールはそう言って、自身の今の右足である義足のついていた付け根、を指差し言った。そう。試している。考え方を変えた。相手のそれがオウム返しではないかとふと思ったから。


 そして、それに思考があるのかどうかを、試し始めた。魚人たち同士の、最初のり取り。あれ自体がまやかしなのだとしたら?


(真似。あれがタダの猿真似さるまねなんだとしたら? 意味なんて分かってなくて、意味なんてないんだとしたら? 子供以下の知能なんだとしたら?)


「グゴグゥ?」


 首を傾げられた。


(あっ、そ)


 シュッ。


 投げたナイフ。


 カキンッ!


 あっさり弾かれる。その短く太い手で、払いのけられるかのようにあっさりと。


「ギギギッ! フォッフォッフォッフォッ!」


 気持ち悪く、気味悪く、それは、奇声の後、表情を変え、あのホログラムの老人のような表情で、幼げさや無邪気さ漂う感じとは相反するような、笑い声をあげた。


 そして、


 チャポッ、チャポッ、


 こちらへゆっくりと、歩いてくる。距離を、めてくる。


(一気におそい掛かってきてくれたならあっさり終わらせられたのに)


 リールは構えない。


 相手は、猿真似主体さるまねしゅたいでありつつも、気儘きままで、思いつきで動く。しかし、だからこそ、誘導も効かず、それでいて、たたかう体も技能も身についている、魚というよりも、魚人というよりも、対人間用として調整されたらしい存在であるとここまでのり取りですっかり理解していた。


(けれど、()()()()()()()()()()、手間は少ししか変わらない)


 チャポッ、チャポッ、


 距離は詰まる。二人の距離は、5メートル位。そう。向こうが、ここで急加速するように、り出したら、その身体能力からして、一発でめてしまえる距離。


「フォッフォッフォッフォッ――」


 相手は、あの笑顔を笑い声を、繰り返し続けるように、継続していた。不気味な光景。まともに取り合って考えれば考えるほど、きっと、恐怖して、すくんだ光景。


 その敵は、この場所に来れてしまうくらい、若しくは、引き入れたくなってしまうくらい、知恵の回る、経験のある者を仕留めるが為のこま


 チャポッ、チャポッ、チャポッ、チャポッ、


「フォッフォッフォッフォッ――」


 1メートルを、切った。


 まだ、リールは動かない。


「フォッフォッ――」


 チャポッ。


 距離、数十センチ。リールがその姿勢から義手を、ナイフを握って伸ばしても、ギリギリ届かない、距離。


 チャポッ。


 更にめられ、もげた義手側、側面に立たれる。それは同時に、義手の反対側。そして、距離十センチ。牛歩の速度で、伸びる、相手の短くも太ましい、手。


 ムキィィッ! 


 胴体程度の太さまで、ふくれ上がるように、その腕全体が隆起りゅうきした。その筋量からは明らかだった。それは、一度振り払えば、人の身など、たとえこちらがどんな構えをしていたとしても、その速度、軌道、一切を、こちらという障害物が目的物が、まるで無かったかのように、空を切る手のように、それは、こちらの身を弾裂させ、くだき、つぶし、通り過ぎてゆくだろう、と。


(ふぅん、もう、()()()())


 リールは恐怖しなかった。勝ちほこりもしなかった。ただ、


 ふところから一瞬で抜いたナイフを、


 グサッ!


 自身の残された生身の左足に突きした。

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