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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
362/493

---079/XXX--- 散乱紙束水隠し

 スリッ、スリッ、スッ、ザッ。


 揺れによって時折頭をぶつけながらも、狭い通路を踏破し、い出たところだった。


(はぁ、やっと真っ暗なくなった。けど、ここもだいぶ、暗いなぁ。明かり落ちってないだけまだましかぁ……)


 するりと、あの広場の真上の穴から、足を出した。


(あぁ、熱かったぁぁ。さっき通ったときは全然こんなことなかったのに……。まっ、おかげでびしょれやった毛も服も乾いたけど、汗で何かべとべとするんよなぁ……)


後ろを、見る。って進んできた通路を。


(音……、急に、途切れたなぁ……。……。けど、大きな、何か割れる音のすぐ後、水の音が急にごっつう大きくなって、すぐ戻って。多分、あそこから、シュトーレンさん、脱出、したんやろう。したん……やろう。した……んや……。した。したに……決まってる……)


 通路を抜けた先であるそこは、出口付近に差し掛かっていた通路の中よりも更に静かだったからこそ、そんな風に、考えがすっとよぎってしまったのだ。


 気配は何もない。物音も。ここには揺れの音だけはまだ、あまり伝わってきてはいないらしかった。だからそんな風に、考えは良くも悪くも邪魔するものなく、展開されてしまうのだった。


(だからもう………………、……考えない)






(あぁ、熱ぅぅ……)


 バタバタ、バタバタバタ、――


 暑さを和らげるためというよりも、落ち着くためだけにしきりにずっとそうしていた。きっと、何十分も。


 足をぶらんと穴の下へと出し、穴のふちに座り、ばたばたさせて暑さを散らす。響くのはその物音だけだ。下にあるエレベーターが動く音なんて微塵みじんもしていない。


(……。お姉ちゃん)


 間が空いたら、浮かぶのはそれだ。そればっかりだ。リールのこと、ばっかり。動いているからこそ、心配を端に追いやれていた。なら、止まったら、こうやって、不安はもわんと、濃く、き上がってくる。周りの薄暗うすぐらさもそれを助長している。


 その不安は、先ほどのあれとは()()()()()


 バタバタバタバタ――


 ばたつかせる速度を上げたのは、きっと、そんな不安をまぎらわすため。しかし、無駄だった。


(お姉ちゃん、まだ来てないみたいやなぁ……。無事、やろうか。ここじゃなくて、別のとこに一旦避難してるかも知れへんなぁ)


 考えることを止められない。暗く静かで、だからこそ、思考するにはぴったりだった。薄闇うすやみが、不安を形として想起させる。はっきり見えないから、不安は容易く、想像であろうとも、幻影となる。


(まさか、まだ、下とか……、ちゃうよな……? 下……。今、どうなっとるんやろう……。……。シュトーレン……さん……。……)


 ブンブンッ!


 目をつぶり、くちびるをへの字にギィゥゥッとしかめ、強く強く、首を振った。止めた。止まった。無意味だと気づいたから。首振りによる視覚、聴覚的に感じる揺れは、どうしてもうずを想起させる。


 想像してしまった。閉じたドームのようなこの場所の地下の、リールがきっと開けたに違いない間隙。そこから流れ込む猛烈な水の、物量と圧の猛威もう。それはあっという間に海岸だった場所を、海に変え、止まることなく上昇を続け、その速度は徐々に上がってゆく。


 やがて砂浜は全て消え、建物へと水が流れ込んで、みんなやがて、水に沈み、呼吸もできずに、自分もリールもシュトーレンも離れ離れに別のところで、早い遅いはあってもやがて全員――自分たちも、あの水を恐れる魚人たちも、あの狡猾こうかつな老人も、水に満たされ、圧に耐えきれなくなり、くずれ落ちたドームと共に、等しく無為に、海の藻屑もくずと――


 ……。嫌になった。情けなくなった。何だか、辛くなった。少し、泣きたい気分だった。


(あかんな……。こんな風に止まってたら。……。……。じっとしとくんは、止めやな……。降りるか。そろそろ)


 だから、無為に座っているのは止めにして、自身の膝元ひざもとから目線を上げると、そういえば、あるはずの物が何故か見えないことに気づく。だから、足を上げ、身を乗り出し、顔を突き出すように、穴の下を見た。


(……。ん……? そっか。結構な揺れやもんな)


 積み上げたあったはずの紙の束の階段は、くずれ、散らばっていた。丁度穴の真下中央を中心とするように、小山になるように、なだらかに、緩やかに、崩れている。


(……。量、少な、ない……? 俺ら、あんだけ積んで積んで、積み上げたんやで? ……。いやいや。気のせいや気のせい。暗いせいや。滅入っとるなぁ、俺……。はぁ……)


 気にはなったが、それはここで考え込んでも仕方ない。それに、気になるなら、降りて確かめた方がよりいろいろ分かるに違いない。そう思って少年は、足から、


 スッ、フワッ、パサァァァァピチャン。


 小山の中央に、()()()()()()()()()、紙をまき散らせながら、降り立った。


(……。んん?)


 ビチャッ。


 その音は、足元から。紙の束の下の方から。それは、わずかに沈み、影色に、湿しめってゆく。遅れて、足裏から染み込んできた冷たい湿しめり気。


(水……? けど、全然、いそにおいなんて……)


 ピシャァン!


 足裏にまとわりついた湿しめった紙片と足首上辺りに被った乾いた紙片ごと、り上げるように右足を前方上方向へ蹴り上げてみたら、湿しめりに湿しめった音がした。


(水、まりか。でも……、ここ、別に水漏みずもれもしているようには見えへんけど……?)


 大きな大きな水溜みずたまりが隠れていた。それは隠すように覆われていたとはいえ、覆いは水吸う紙。どうして気づかなかったのか不思議になる。


 水をたっぷりたっぷり吸ったびしゃびしゃのぱらぱら散らばった紙々の上に、積もる落ち葉のように、その数千倍もの物量の紙が積もっていたとはいえ、それらは結局のところ、全て、紙だ。ひとたびかれば、水をじゃぶじゃぶにびちゃびちゃに吸う、紙だ。


(誰か、おった? けど、ならなんで、水溜みずたまりは天井の穴の真下辺りだけ、なんや? ……。もしかして、上、なんか、あるんか? けど、それやったら、穴の上から何も垂れてきてへんのは、おかしい……)

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