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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
360/493

---077/XXX--- そこに、意思、怨は……怒は……恨は……

 ガッ。ツゥゥ、ポタッ、ポタッ。


(何甘えたこと、言っとるんや……。しっかりせんと……、せぇへんと……)


 くちびるんで、血を流して、甘えをじた。ここで甘えたままでいられる性根なら、ここで楽に終われただろうに。少年は、まるで敢えてそうするかのように、真正面から苦悩にぶち当たることを選ぶ。


(……、()()()、や……?)


 少年は、何とか冷静に考えようとして、冷静になってみせたが故に、ここにきて、対応に困った。気づいてしまって、心底困った。色々想定して、決めてきた覚悟が悉く罅割ひびわれ、最早、瓦解寸前がかいすんぜん、という、自身にとっても予想の斜め下の展開だった。


(俺以外をねらってたようにも見える。だって、あんな弾丸みたいに飛んでくんの、この水に足取られた状態で、俺、ほんまに、避けれるんか……? 無理や。飛び方が悪かったら、まとまって飛んできてたら、避けられへんかった……。けど、声も合図もあらへん。都合よく、不幸中の幸いやっただけかも知れへん。……、何で、何で、……ここにきて、いらんことに、気づいて、もうたんや……)


 だからこそ、かえって、こうやって、動けずに、判断に困った。迷った。いや、苦悩した。そもそも、ここで、自身が判断を下していいのか? そう、少年は苦悩していた。


 今のシュトーレンの状態。それが、生きている、正気を保っている、怪我すら消えて、だなんて条件が、そろってしまったのかも知れないのだから。


 何れにせよ、瀕死ひんしとは程遠く、ぴんぴんしている。そこにまともな意識があるかどうかが、不明。意識があろうとも、意思疎通ができるのかが、不明。


 そうなれば、前提は変わる。塗り替わる。シュトーレンを短期的に助けることに成功する、という道筋は確かに想定の一つだった。それを具体的に言うならば、穏当にか、トリックスター的にか、事を上手く運ばせ、瀕死ひんしの、実質死に体の、昏睡状態に片足突っ込んだかのようなシュトーレンという相手の確保した人質を取り返せたという場合、ということ。


 そして、シュトーレンを救うという観点が入った道筋で、今のような状態を含んだものを想定していなかった。そもそも、こんなもの想定できるものではなかった。


(何なんや、これは……)


 ドチャァアアアアアア!


 丁度今、むきむきシュトーレンが動きを止めて、頃合いかと思ったのか突っ込んだ最後の二匹が、同時に弾け飛んだところだった。


(……。魚人は一匹残らずミンチになって、あのじいさんは逃げて。んで、シュトーレンさんは、多分まだ正気じゃないやろうけど、なぜか、こうやって……、まだ俺の味方みたいな行動を取ってる。俺に襲い掛かってくることはせず……。けど、魚人たちは、襲い掛かっていったからこそ、やられただけみたいにも見える。区別なんて、ついてないようにも……)


 あまりにも訳の分からない状況。状況だけ切り取って見れば、まるで、助けてくれたかのようにも見える。つまり、正気であるように見える。行動、だけは。


(どうして、ほしい、っていうんや……)


 その白目の奥はうかがえない。何もきっと、映してなんていないのだから。見かけはどう見ても……正気ではない。


 ザァァァァァァァ――

 グラララララララ――


 水位の緩やかな上昇も揺れも、続いている。むきむきシュトーレンは未だ、透明とうめいであろうとも存在しているらしい階段ピラミッド上にいるらしい。あの、老人の立ち位置こそ、まやかしだったのだ。少年側から見て、前方にだけ、盛るように、中身が魚人の体のタワーのピラミッド部分を作り出し、偽っていたのだ。


 白い眼が、見下ろしている。動かない。少年も、そんな白い眼を、見上げている。


(これは……あらしの前の静けさや。分かる……。分かってまう……。島を出る前には分からんかった……。けど、分かるようになってもたんやから……。本当にろくでもないんは、こっからや……。正気なんて、無いんや、もう……。あのじいさんが言った通りに、味方同士、たたかわされるんか……。………。っぅぅ、くそったれぇぇっ……!)


 そうして、少年の中で、数秒は、間延びする。


(俺とリールお姉ちゃんは、決めた。シュトーレンさんを切り捨てる。見捨てる。助けられないからという理由はあったけれど、足掻あがくことくらいはできた筈やし、この注射器を俺がもっと早く気付けていれば、少量にしぼって使えていれば、最高のもしもってやつがあったかも……いや……ない……。ないんや、そんなもんは……。起こらへんかった時点で、無いんや……。現実、俺が切り札に気づいたのはシュトーレンさんが敵に奪われた後やった……)


 世界は、時間は、遅く遅く、流れる。まるで止まったかのように。体が真に危機を感じたが故の、走馬燈そうまとうに類似した、濃密な至高と意識と記憶の感知故の、現象。


(いや……、一度目から二度目までに間はあった。けど、俺は注射器のことをリールお姉ちゃんに言わんかったし、シュトーレンさんも、それを出して打ってくれ、とは言わんかった……。……そんなん、言い訳にもならへん。俺はシュトーレンさんを助けようなんて気持ちはさらさら無いんや……。お姉ちゃんに、悲しい目、冷たい目で見られたくなかっただけや……)


 そんないよいようになっても、少年が責めるのは自分ばかりだ。人のせいにはしない。できない。辿たどってきた半生故に。わずかでも自身に起因する因子があれば、それはもう、少年にとって、全て、自分のせい、なのだから。


(どう転がっても、人質にされているシュトーレンさんを相手の予想の裏をかいて、捨て石にする作戦。そのつもりやったはずや……。で、こうなって……。ここにきて……、俺は……、自らの手を差し出して命を助けた相手を、返す手で再び殺す、つもりなんか……? せな……、あかんのか……?)


 後悔。だからこそ、それは、繰り返しだ。そして、無意味だ。それでは前へ、進めない。少年も、分かっていた。だから、


「な……、なぁ、」


 少年は、口を開いた。逃げ足の為の一歩を踏むこともなく、刃を構えることすらせず。今にも泣きくずれたくて、みじめにどうしようもなく、駄々《だだ》をこねるように泣き叫びたくて、けど、それでも、こんな風に、心を、前へ進めてしまえるのだ。悲しいくらいに、その心は、折れてしまえず、強かった。

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