第三十五話 学びの園
少年たちが先ほどまでいた、クーの研究室は建物の3F。そして目的地である教室はその真下の部屋だった。廊下側の壁には、壁を四角くくり貫いた窓がある。廊下を照らすように。
少年たちのいる校舎は、敷地の東側にあるもののうちの一つであり、その形は、縦長かつ窓が南向きの横長の建物である。全四階建て。各階をつなぐ階段は、右端と左端の二組存在している。そんな真っ白な石造りの建物の中を、少年とリールは進んでいくのだった。
「ここの壁、床、天井はねえ、光を昼間に蓄えて、暗くなってくると自ら光り出して明かりの代わりになるのよ。すごいでしょ! さっきは説明する間もなかったけどね!」
「へえ、やっぱりここっていろいろすごいねんなあ! さすが学校やでえ。」
リールから他にも様々な説明を受けつつ、階段を下り、教室へと向かう。
「さてと、ここが教室よ。ノックして扉開けたらいいわ。返事とか返ってこないけど、それで開けて入って大丈夫よ。」
リールに促された少年は、まずは心を静める。高鳴る気持ち、好奇心を少し抑えるためである。少年はリールにあらかじめ注意されていたのだ。好奇心が強すぎて思うが侭に行動することがあり、それが人々を驚かすということを。
『ちょっと気持ち落ち着けたら緊張してきたでえ。』
唾を飲み込み、扉を叩く。
「失礼します。」
教室へと足を踏み入れた。
「この時間は、釣りについて学びますよ。では、釣りについてですが、誰か簡単に説明できる人いますか?」
少年が連れて来られた教室。そこでは、なんと釣りの授業がまさに始まろうとしているところだった。
前に立つ一人の男。白衣を着て、スキンヘッドで短めの髭を蓄えた眼鏡その背後の巨大な緑の板。講師に対面するように、生徒たちが床に座って講師の話を聞いている。
男女問わず子供から大人まで、およそ20人程度。その中には、ポーもいた。ここではあまり人見知りしている様子ではない。きっと、頻繁にここにいるのだろう。
このように、乱入者が現れることにはこの教室の誰もが慣れているのか、ざわめきは起こらない。
「う~ん、では、今教室に入ってきた君に説明してもらおうかな。君、名前は?」
講師は笑顔で、子供を諭すように優しく、少年を指名した。
「釣一本と言います。講義中に乱入してしまい申し訳ありませんでした。」
礼儀正しく頭を下げる少年。相変わらず、歳不相応の対応である。リールは教室の生徒たちの中に紛れて、少年の方をにこにこと見るばかりである。リールはおそらく頻繁にここに来ているのだろうと少年は推測した。自己紹介もなく、自然とその中に紛れることができるのだから。
「なるほど。凄い名前だね。まるで釣りのために生きているような人間の名前だね! では、そんな釣くんに先ほどの問いに答えてもらいましょう。それと、敬語はいいですよ。ここは学校ですから。ここでは講師以外の誰もが敬語を使わないのですから。」
「わかったで。じゃあその流儀に則ることにするわ。」
「釣りか。これはやな、仕事でもあり趣味でもあるもの。この世で唯一の、食っていける娯楽や!」
ところどころで、ざわめきが起こる。このようなまだ幼い少年が、突然の問いに、歳不相応に答えたのだ。それもしっかりと自身の芯を含んだ答えを提示して見せたのだから。
「なるほどなるほど。君は切り替えが凄く早いですね。いいことです。そして今の解答ですが凄くいいですね。そのように説明されると、その先が聞きたくなりますからね。」
「では、続いて聞きます。そう君が思うのは何故ですか?」
質問してきたときの撫でるような感覚は感じられない。少々、重みがある、強い眼光での問いかけ。一人前の人間として、一人の対等な人間への質問の仕方である。
少年は、それを感じ取り、丁寧に説明することにした。
「それはやな、釣りというのは人間が生きるために必要な衣食住のうち。食に大きく関わることやからや。今の世の中では生きるために無駄になることをやることは許されてない。衣食住に大きく関わることやなかったら、それは仕事にならへん。つまり、食っていかれへんってことや。」
先ほどよりも大きなざわめき。とてもこれが子供の考えとは思えない、しっかりとした深い理由付け。
「釣り以外にもな、仕事でも趣味でもある仕事ってのはあることにはあるんや。例えば研究者とかな。でもな、研究者は、もし自分一人しかおらん環境に置かれたとき、絶対にそれでは食っていかれへんのや。いくらすごい研究成果を持ってたって、それが直接的に飯を得る手段にならへんのや。」
他の生徒たちはただ納得するばかり。そして、少年の話にどんどん集中していく。
「生きていくのすら大変な今の世の中。例え一人になってもこの厳しい世の中で生きていける手段。それが釣りや。」
「あと、モンスターフィッシュの登場によって、世界中で需要があり、衣や住の領域にも手を伸ばしているんやからな。」
「なるほど、分かりました。君はしっかりとした考え方を持っているんですね。釣り人であってもそのように語れる人は稀ですよ。」
講師としてもこれには驚くばかりである。この学校の研究室にいるあの天才金髪美少年、ポー並に、下手すればそれ以上に頭が回る。考えを巡らせられている。この目の前にいる少年は、頭脳という点で、稀有な才能を有しているのだった。
「では、次は実践といきましょう。今釣くんが言ったことがどういうことか実感するのです。」
『え、実践? ってことは釣りでもするんか? でもこの近くに釣りできる池とかないやろ……。』
突然のことに驚く少年。それを見て相変わらずにやにやしているリール。講師は、その様子を見てすぐに補足する。
「校内に釣堀がありまして、そこで実習を行えるようになっているのですよ。ここでは雑魚やモンスターフィッシュの研究も行われていますからね。」
「ではみなさん、行きましょうか。」
 




