---073/XXX--- 登場、最精鋭の魚人共
それは、リールが建物に入ってすぐのことだった。入口から入って、一つ目の部屋。他の場所への分岐路の役目も果たしている、縦十数メートル、横数メートルの、天井は見えない位高い、直方体の空間。
ガゴォンン!
前方、背後、前方右。その部屋の出入り口が、突如、壁が落ちるように通路を埋め、閉じ込められる。密室となったそこには、
ゥウウウウウウウ、ドォォンン!
ゥウウウウウウウ、ドサァンン!
(上……、何か、二つ。来る)
上から降ってくるように、二体の魚人が現れた。それらは、飛び降りざまに襲ってはこなかった。リールが察知しているという気配に気づき、それらは、距離を取って対峙するように、リールから5メートル近く離れて着地した。
リールから見て右側に降り立ったのは、
「ギリリリリ、オバベ、ボボブゥゥ」
丸みを帯びた、流線型の頭。頭部と首と肩の境目が今一つ分からないが、白と黒の二色でその体色は彩られている。マダラ模様という感じでは全くなく、塗り分けられているかのようにも見える。
殆どが黒で、腹と、目の上から耳の少し上辺りにかけて、そして、着地の際に見えた背中の屈曲の中心辺りだけが、白い。目は黒くくりくりと真ん丸で、黒く、どこを見ているのか、どこに焦点をはっきりさせているのは今一つはっきりしない。
今言葉を発して見えた歯は、小さく細長い刃の列のように生え揃っている。どう見ても、鯱。鯱の魚人だった。
(シャチ、かしら? 殺意マシマシ、という感じかしら? 言葉、喋るのね。それとも、ただ、それっぽく音出してるだけ? けど、シャチなら、人真似の例が確か――過去の資料でそんなのあったわね)
「ゴギグ、ゴギグ、トサマイデダ、デギィィィィ」
リールから見て左側に降り立ったそれは、逆に、全く何がベースか、リールは想像だにできなかった。
(こっちはまるで分からないわね。けど、こっちのほうが、あっちよりは賢そう。代わりに、あっちよりは強くはなさそうだけど、何してくるかが、予想できないわね)
それは、アルマジロのような黄金色のウロコ状の皮膚を持っていた。それは同時に、虹色にてかるような構造色的な光沢を持っていた。脂ぎって、湿っているかのような。そこから、短足短手が生えている。人のもののような形をした指先五本の、四肢。しかし、爪は無いらしい。
(どっちも、これまでに見た奴とは、何か、違うわね)
首もはっきりある。頭もある。そして、そんな頭は、魚というよりも、人に寄っているように見えた。一見中年のようにも見える老け顔。肌のツヤは、凄い。
(言葉、ええ、やっぱり使ってるわね、これ)
シワ一つなく、ウロコで覆われている訳でもなく、毛が生えている訳でもない。さらりと、つるりと、見える。しかし、てかってはいない。鼻なんて、まさに人の鼻といった感じで、その鼻筋は高かった。目はくりっとしているが、人のものとは違い、そこは、魚眼だった。隣の鯱の魚人よりも、そこだけは魚っぽく見えた。
(面倒、ね。まぁ、ポンちゃんの方にこいつらがいかなかったってことは、よかった、かしらねぇ)
首筋両側面辺りに切れ目が入っていて、それが、開いたり閉じたりしている。そこを通して息をしているらしい。
(どっちが、主、かしら?)
で、手足と、首から上は、真っ青に魚色。
(やっぱり、こっち、よねぇ。こっちから仕留めた方が、いい。もうちょっと本当は慎重にいきたい。けど、)
ブゥオン、ジャァアアアアアアア――
(もう、迫ってきてるのね。急がないと。こんなところで時間を取られている訳にはいかない)
それは、海水だった。埋まった筈の通路の隙間から、勢いよく噴き出して、それは流入してきた。
それと同時に、リールは、対峙するそれらよりも一歩、先んじた。
(キープはしない。ここで、切る。狙いは、左。ついでに、右)
三つの圧迫した【スターゲイザーフィッシュ】を握った義手の握りを、左側へ向けて、投げ離しながら、手首で、少しばかり斜め右方向へ押し出す動作を加えた。
ブゥオゥウウウ――
ブゥオゥウウウ――
二つは膨張しながら左へ。
タトォン、ビュブオゥウウウウ――
一つは少し遅ばせながらに膨張しながら、少しばかり右へ。
そして、リールはすぐさま、義手である左手で拳を形作り、膨らみ、こちらにも当然のように、膨圧で迫ってきてた、僅かに先行した左からの二つを、
「たあぁぁぁぁぁっっっ!」
強烈に殴りつけるように、押し出した。そしてすぐさま、義手を中心とするように、自身の前方に、肘を立てるように翳し、腰を下げつつ、引くように姿勢を後ろのめりに低くし、衝撃に、備える。
(この閉所でも、水がある分、だいぶ威力は落ちるでしょう。けど、引導を渡すには足りてるわ)
冷静に判断した上での、迅速な行動。
ブゥオオゥァアアアアアンンンンンンン――
オオゥァアアアアアンンンンンンン――
ゥァアアアアアンンンンンンン――
僅かな時間差で、重なるように、三つ。強烈な、弾き飛ばしの斥力の圧が、部屋の床面中心辺りで、弾けた!
ビュォゥ、ドゴォオォンンンンン!
リールは激しく、壁にぶつかりつつも、背を丸めるように衝撃を抑えたのと、もう既に膝下の寸前辺りまできていた水による威力の減衰によって、特に怪我もなく、行動不能どころか肉体的に制約が増えることは無かった。
が、
(っ、音。私だけ。あぁ、いなされた、かぁ。厚い、脂肪……、こっちが、面倒な面倒な肉壁、だったかぁ。ジュゴン、ベースかしら? あら、)
「ごがげげげ、ごごぐぐぐぐ!」
肉壁役の魚人をクッションに負傷なしだった鯱の魚人は、口を開き、牙を向けて、リールに、
ビュゥゥンンン――
弾丸ライナーな速度で突っ込んできた。
スゥ、バゴォォオンンンン!
ゥゥンンンンン――、ドゴォォオオオブチャォウンンン、
「やっぱりこっちは雑魚よね。邪魔っ」
フ、ブチバァアンンンン、ッ、スウウウウウウウウウ、ドォオオオオオオオボチョォオオオオオオオ!
リールは冷たい顔をして、冷静にそう言い放ちながら、つい直前に、それが突っ込んでくる位置を予想して、床に突き刺した、動かない義足に激しくぶつかったそれを、義手である左手の一薙ぎで、目から骨、そして、もう片方の目、と、潰し払いながら、最後、貫くように、引き抜き、ぶっ飛ばし、ぶつけ潰した。




