---072/XXX--- 怜悧直貫
ザバッ、ザバッ、――
(あらっ?)
まだ浅瀬。目に入った、海中の【スターゲイザーフィッシュ】。海中だと連鎖爆発しないらしい。世間に知れ渡っていない。勿論リールも知らなかった。感動も驚きもない。
ただ、
ザバンッ、ガシッ、ギチチチチチチチチ――
義手である左手を突っ込み、握った。握り抑えた。
(手間が省けるわ。これで壊れるまで殴りつけるよりずっとましそう)
さっきのような事態のような、いや、もっと碌でも無いことになるやも知れない、危険なんて度外視したような、らしくなくイカれた思考で、彼女はそうしてみせた。
そのまま、海を進んでゆく。
ブゥオゥブォゥブォゥ――
(意外。海の中の方がこれでも軽いのね)
動かなくなった義足である右足が、海中で思っていたよりも邪魔にならないことをいいことに、
スゥゥゥ、ザバブゥ、ブォォォォンンンンンンボコボコボコボコブウゥゥゥゥゥ――
大きく息を、咽せを我慢しながら吸って、一目散に潜っていった。目的地は、底。憶えている。蓋のある場所。
そして、蓋の真上でリールは止まった。
(最初はナイフでいってみましょう。ダメなら、何度でも、弾を変えてやればいいわ)
絶妙な具合で握り続けていた、膨らむことを許されずにいつつも、必死に膨らもうとしていた【スターゲイザーフィッシュ】。
その前にナイフを手にして添える。ナイフの向きは、蓋へ一目散な方向。そして、重心を握るようにしていた【スターゲイザーフィッシュ】の握りを、外へ、少しずつ、ずらす。
そして、未だ握っている上半分とは違い、下半分が膨らみ始め、そう。弾けの力の向きを決めきったところで、
スッブゥオアアアアアンンンンンンンンンン――
瞬間的な弾力に弾かれ、リールは、海中、真上へとぶっ飛んでゆく。そうなると分かっていたので、その衝撃の接点を壊れた義足である右足に持ったので、問題なく飛んでゆき、
ザバァブシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンンン――!
吹きあがる水柱と共に、まだ、ぶっ飛び、水柱が消えると共に、
ヒュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――
猛烈に、落ちて、ゆく。高さは、最初ぶっ飛んだときよりずっと高い。海へ落ちる選択肢はない。狙いがうまくいったかどうかは、水の遥か上では、流石にものの数秒で結果として分かるものではないと分かり切っているから。
義手に渾身の力を込める。そして――
ギヂヂヂヂヂ、バォゥン!
空気を蹴るように、横へ、
ヒュゥウウウウウウウウウウウ、ズザッ、ザッ、ザサッ、ザサッ、ダタンッ、ザダンッ、ダダン、ダッ、ザッ、ザダッズルッザラッザザッズゥゥゥザラッザラッザザザザザザザザザァァァダンッザザザザザザザザザザザザザザザ――、ズザァ。
叩きつけられるように何回転も転がり、高さを低くしていき、それでもまだ収まらず、海岸線と波打ち際の境目辺り。そこから少し砂浜寄りな角度で、ひたすらに転がり叩きつけられ擦り剥かれ続け、やっと、やっと、止まった。
ズッ、ググググ、
すぐさま立ち上がり始める。全身、擦過傷と酷い打撲だらけ。それでも、ふらふらと、ぷるぷると、受けた衝撃のせいで力も碌に入らないのに、
ザスンッ、
義足の膝を無理やり地面に刺すように支えに立て、
ググググググググ、ズズズズゥン。
捩るように、砂浜の方を向いて、立ち上がった。
「ゲホゲホゲホゲホッ、ゲホゲホゲホッ」
血交じりの砂が、存分にまき散らされる。
(こんなもので、済んだのね……)
ゴァアォゥゴォンンンンンンンン!
そんな中、変な音が響いた。聞こえてきた。すぐ後ろから。リールはすぐさま振り向いた。走った痛みなんて無視をして。
海面に渦のような何か。不安定に消えたり現れたり。時折、小さく吹き上げたり。直前の音と合わせ、それを見て、リールは成功を確信した。
(じゃあ、知らせにいかないとね。私でも上手くやれたんだから、ポンちゃんもきっと大丈夫でしょ)
けれど、達成感は無かった。何の感慨もない。ただ、次の不安が、次のやらなければいけないことが頭を占めただけだった。
少年の辿る経路は予め聞いてあった。二人で相談して決めたのだ。当然だった。
(こっからだと、砂浜から最も近い建物の中。一階から、西へ。それが最初の順路だった筈)
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、
義足を引き摺りながら歩き出す。走れなんて到底しない。何とか、筋力と、鍛えられたバランス感覚で何とか歩いている。そんな風だった。
依然、焦りは心の底に引っ込んだままだった。きっとそれは、焦っても意味はないと思い知らされているから。
ザッ、ザッ、ザァァ。
足を止め、地面へ手を伸ばす。義手である左手の方で。
そのまま鋭く地面に刺すようにぐりぐり突っ込み、
ザスッ、ザザッ、ザザッ、ザザッ、グゥゥゥ、ザサァ、グゥゥゥゥゥゥゥ――
武器として、【スターゲイザーフィッシュ】を確保する。それも、二匹。同時に。先ほどの具合から、それ位の余力は余っているという判断で。
来たときと同じように、弧を書くように迂回しながら、リールは来た道を戻ってゆくように、砂浜を後にしたのだった。




