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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
352/493

---069/XXX--- 堰の帳

『あの老人は、私たちを壊す訳にはいかない』


『どういう、こと?』


『いい? 殺すことすら、壊すこと。あの老人の狙いは、私たちのうちの誰か一人の体。できれば、男。でも、女でもいい。それはきっと、体を奪っても、元の持ち主に何も手掛かり無しでなりきれるはずじゃないからだと思う。記憶を参考に、マネするんだと思う』


『なんで?』


『そうしないと、入ったときに、元の持ち主の人格とケンカになるか、混ざって別人になってしまうから、かしら。するとなんだけど、男の人が女の人のマネをするのって、難しいっていうことは何となくわかるわよね?』


『あっ! じゃあ、狙いは変わって、俺、ってことやなっ! リールお姉ちゃん! けど、それなら、話は早いわ。これ、見て』


 思い出した、リールと二人での作戦会議のときのこと。そう。これが、切り札、と、少年はてのひらに握るようにしのばせた注射器を少しばかり意識した。


 その注射器のラベル。シュトーレンが張り付けたラベル。手書きの文字。それを思い出す。


【虎の子だ。気を失いそうになったら、一度だけ、君を全快させてくれる。君を救うときに使ったものと同じものだ。それ一度っきりだ。代わりはない】


(そう。こいつ。こいつをぶつけるだけでええんや。巻きつけてある。【ジェット機関】は。チャンスは一度。シュトーレンさんさえ、全快で取り戻せば、俺らの、勝ちや。あのじいさんは、何も、できへん。制御権はまだ、シュトーレンさんが上位か、シュトーレンさんがまだ持ってるはず、や)






「お主は見誤っているようじゃが、わしは制限されたとはいえ、この身の外に拡張した知覚の一部をまだ、保っておる。要するに、フォッフォッフォッフォッフォッ。これからわしかてとなるお主が、それを知る必要は無かろうなぁ」


 老人はそう、少年をあおる。あおってばかりだ。そうやって、自身の手で直接決めず、相手の自滅を狙うというのが、生前の老人のやり方だった。


 生前? 体を入れ替える方法なんてものが本当にあったとして、この場合、それがどのようなものであるのかを考えると、答えは至極分かりやすい。


 しかし、そんなことは今の少年にも老人にも関係はない。


「……ギリリ。なら、俺も、やり方を変えるしか、あらへんなぁ。ちょっとはな、穏便にやらなあかんかなって思っとったんや。利用できるものなら、あんたを利用したいなぁ、って。」


 少年は、あせりを感じつつも、強がってみせた。


 老人はだから時間稼ぎに乗っているのか、と知ったから。時が、必須ひっすの数多の錠前じょうまえの一つを解くのだから。リールをめている。もう、この場所へ漂着ひょうちゃくしたときのようなまどろみのような無意識の油断なんて、もう、無いというのに。






 老人は一つ、大きく見誤っていた。


 少年たちの、力を。ここでいう力とは、物理的、肉弾的、精神的な強さのことだ。二人は、老人の時代の人間のそれらの範疇はんちゅうを、ゆうに越えてはみ出ている。その見誤りは、老人の目論見を、思いもよらない方向へと運んでゆくことになる。


 少年たちは一つ、大きく見誤っていた。


 少年たちは、そこまでは気づいていない。核心のほんの上層を、掠めただけだ。この牢獄ろうごくが、より堅牢に働くために仕込まれた論理を、規則を少年たちは知らない。知りようがない。この牢獄ろうごくが、どのような牢獄ろうごくであるかを、本質を、知りはしない。それは後に大きく尾を引くこととなる。


 それは、この老人以外、今、この世に生きる者たちの中で知る者はいないのだ。記録にすら残されていないのだ。


 ただ、経路を見つけ、出口に到達し、その身を穴に潜らせるだけでは到底、足りないのだ。もし、シュトーレンを取り戻し、五体満足に回復させきったなんていうような、妄想もうそう染みた都合のよい奇跡染きせきじみた展開になっていたとしても、そのおりわなからは逃れられない。外からここに入れられてしまった時点で、その影響を、身にまとうことになったのだから。






 安易は、状況を決してよくはしない


 少年はそこまでは読みきれない。だから、時間をかせいでいた。そして、かせぎながら、探っていた。容易に目的に至らないことはわかっていたから。しかし、どれだけ足りないかすら測れていなかった。


 リールが策を形にし、こちらがそれに繋げて王手をかけるための。それまでの時間稼じかんかせぎのはずだった。ただこいつらを倒すだけではダメなのだ。それでは、脱出の手段がない。なら、どうすればいいか? 相手は抱えているはずだ。脱出の手段を。なら? そう。かせればいい。条件を、状況を、整えて。型にめてしまえばいい。


 少年は、おりの構成要素の一つに、気づいていた。


 潜水病。その存在と概念は、少年達の生きる今でもある程度知られている。


 しかし、この深さは例にない。かの、一時的なはずの病は、よく、人に死線を潜ることを強いる。深さを増すにつれて、その厄度やくどは上がる。つまり、無策で出れば、それは自殺に変わりない。


 知っていそうな相手から口にさせる他、ない。相手は、人の体のままで出る手段を持っている。その手段が、水に触れるかどうかは分からないのだから、人の体というのが、脱出の為に必須なのかどうかは不明ではあるが。


 記録に残されているだろうか? 残されているとしても、紙の資料であるなら、どれだけかかるか。そもそも、保存されているとも限らない。機器を使っての情報調査は敵に、根幹を掴まれたままである上、使い方が分かるのは、死にかけで囚われのシュトーレンだけだ。


 理が、少年の、み出すための決意を、邪魔じゃましていた。


「鈍重じゃのぉ、なんとも。おぬしは、ここに身をさらし、そして、何故か停滞した。時間稼じかんかせぎ。情報集め。しかし、それでは片手落ちではないか。じゃというのに、何故、出てきた? 分かっておろう? おぬしたちでは足りぬ。至らぬ。此処ここは、儂程わしほどの者を永きに分かって封じ込めたおり。あのときのわしに遥かに劣るお主らに解ける道理はない」


 偉そぶって、こちらを逆撫さかなでしてくるような言動。


(何で、や? あんたは、俺らに、あれだけの優位からここまでひっくり返されて、五分五分までもってこられた。んなあんたなんかに、どうして、そんな、いつまでもいつまでも、好き勝手、えらそうにされなあかんのやぁあああああ!)


 ひどく固い、しかし、若く、青く、浅い忍耐にんたいをつつかれて、あっさりと少年は、


 ブチン!


「わかっとるわぁ、そんなことはぁああああ!」


 怒鳴る。


「フォッフォッフォッ」


 老人はそんな反応が新鮮でたのしいらしい。


「まだ、あきめたようには見えぬわなぁ。頼みの綱の、あの女、お主の期待に応えてくれるのかのぉ? あれは、おろかじゃ。聞いておったぞぉっ~。あれがいなければ、我が子孫も、お主も、ここに落ちてくることは無かったろうに、のぉ。にしても、ぅうん? はて? そんなおろか者に、大事をお主、たくしてしもうたんじゃのぉ。フォッフォッフォッフォッ、フォッフォッフォッフォッフォッ――」

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