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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
351/493

---068/XXX--- 嘗て絶対であった所以

 痛みを、思い出す。


 老人はこの地に落とされるまで、常に、"持っている"人間だった。そして、この地に落とされても尚、この地の中という尺度の中では、まともに対峙たいじしてくる者すらいなかった。えつは無く、しかし、脅威きょういも無く。この地に落とされるより前ですらあった些細ささい脅威きょういすら、ここに来てからはなかった。


 もう、とうに数えるのも止めるくらいに流れた、時。だからこそ、必要に迫られなくなった、老獪ろうかいな技術の数々はび付いている。が、それでも構わないと今、開き直った。


(構わぬ。ここで、びは落とせばよい。思い出せばよい。程よく面倒、なこの小僧こぞうでのぉ。わしが最も苦手としたタイプの一つではないか。ずるくなく、屈しない目をした者。せいぜい、役立たせもらおうかのぉ。その敵意すら、のぉ)


 本来の実力からすれば、梃子摺てこずる要素なぞ微塵みじんもないはずの相手。悩む必要もなく、最善手。少年のアキレスけん、そして、シュトーレンにとってのアキレスけん、そんな、一人の、リールという女。


 即座に見極め、捉え、そこから手をつけていれば、事はもうとっくに終わらせられていたはずだ。ここでできる全て望みを形にして。


 諦念ていねんに沈むこともできず、憎悪ぞうおまみれ、それらごと朽ち果ててゆく定めだったはずだった。


 そんなところに、降ってきた蜘蛛くもの糸。そこから、手繰り寄せたのは老人自身。なれば、為すがままに、できた筈なのだ。本来、少年たちには、一手すら、許されなかったはずなのだから。


 そんなことにも気づけない。元の高みから、ち、知らず、耄碌もうろくびには気づけども、その度合いを把握できてはいない。そうして、知らず、愚者ぐしゃと成り果てる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 今の時代にあわせれば、それでも、未だ、難敵の類ということ。くさっても、元は不可侵な王者。そんな老人は、また、みしめるかのようにたのしみ始めていた。


 企み事の味を。






(嘘なくこちらを煙に巻く。あからさまなあおりじゃというのに、裏があるようにはまるで見えぬわ。じゃから、下手、じゃのぉ。それに、一つをあまりに信じ過ぎておるわ。わしは用意しておるぞ、海につかわした、お主の女。ぶつけるこまは存分に、のぉ)


 息を吸うかのように、巡らせた思索は真実へと当然のように伸びてゆく。それはそんな、め、おとしめ、破滅へ落とすかのように、思惑を武器として振りかざすすることにえつっする者。


(我が子孫は、やはり、駄目じゃのぉ。捨て身というのは、持たぬ者の術よ。それでは所詮しょせん愚物ぐぶつよのぉ。この小僧こぞうは分かっておる。捨て身ではない。こうやって、無謀に身をさらしておるように見えて、見切っておる。儂が今は手を下せんことを確信した上で、立っておる)


 思考はかつての鋭さを思い出すかのように研ぎまされてゆき、


(やはり、この小僧こそ、占拠したい。まれに見る器だ。磨かれているようには見えぬ。資質だけでこれだ。末恐ろしいものよのぉ)


 かつての心持ちを、思い出す。


 はるか昔、取り返しもなく、ただ一度負けて落とされたことすら受け入れた上で、自身のここでの終わりの可能せいなんて、微塵みじんも想像していないのだ。


 自身の、変幻自在な心の在り様を思い出す。芯の中の、要以外は、前言すらも、すぐさま、曲がる、翻る、嘘になる。それこそが、辻褄つじつまだと言わんばかりに。


(我が子孫は優れてはおるが、我がどくが実った証の、命炊いのちたのろいの肥肉ひにく。あぁも見事にあやつは気づかず、あやつの直系たる、恐らく資質から見て後継者であろうこの子孫のざま。あれでは維持して乗り換えたとて、すぐさま次の器を探さねばならぬ。ここを出れば、わしに資源は無い。齢30を超えられぬ定めの呪肉じゅにくと、在野の秀才程度の頭脳の箱に、ういもれ消えるのは、正統の代価と見るにはちと足りぬわなぁ)


 自身の先ほどまでの拘泥こうでい嘲笑あざわらうかのように、思考は抱えていた答えを変質させた。


(嘲笑あざわらうが為に、先ずは陸に、上がらねば、のぉ。何、足りぬものは、それから手にすれば、良いだけではないか。あ奴おらぬ時代の地平に、わしの急所も、わしの天敵も、もう、おりはせぬのだから。)


 振り向きもせず、後ろに意識を向けた。そしてすぐさま、少年に意識を集中させ、のぞくように、探る。


(こやつがここにいるということは、あの女は別行動。逃げは無い。狙いは? ……、ほぅ。どうやら核心に近づいていると見える。もし、女が、この場所のせんを知って、見つけてしまったならば、見つけてしまおうとしているのならば? フォッフォッフォッフォッフォッ、そこよのぉ。そこまで、よのぉ。底はやはり、そこじゃったか。なら、取るに足らぬわ。差し向けたあやつらが、遅れを取る筈があるまい、が、ここにおるこやつ自体は次善を用意せぬやからでもあるまい。それ、一摘み、といったところか。摘んで、やろう)






小僧こぞう。知っておるか。復讐者ふくしゅうしゃというのは、熾烈しれつなものじゃ。どれだけ忠実であろうと、どれだけ温厚であろうと、そんな在り様を、その変質は塗りつぶしてしまう。お主に敵意も殺意も向けず、こうやって、構えていられはせぬ。復讐ふくしゅう。それは意思じゃ。こやつらは木偶でく。それであろうとも、そんな単純なやり返しの意思位は生む仕組みは持っておる。中でも出来の良い者であるならば、抱くそれの強度も、熱量も、殊更ことさら、じゃ。恐怖位、容易に押しつぶすじゃろうて」


 老人がそう、少年に語り掛けると、少年は明らかに反応を返した。無言ではあったし、表情に変化はなかったが、抑えることができずに流れ始めた冷や汗が答えだった。老人は追い打ちをかけるかのように、こう、めくくった。


「で、じゃ。そやつらは果たして今、何処におるのじゃろぅ、のぉ」


 そう、悪辣あくらつに、悪趣味に、見下ろすように、眺め、笑い声も上げずに、愉悦ゆえつを浮かべた。

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