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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 第三章 本拠地阿蘇山島
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第三十四話 研究者の砦

 熊本県阿蘇山島高岳町。本拠地のある島とは別の島。阿蘇山本体のある島。本島。


 少年とリールは、根子岳島から出て行く。根子岳分と通常は言われるが、根子岳島と島に住む人たちは呼ぶ。島の南から、本島へと移動する二人。


 港には本島と分島を移動する船が多く出ており、容易に、無料で移動できるようになっている。だいたい六人程度乗り込める大きさの木の小舟に渡し守。二本の(かい)を持っている。


 二人はその中の一つへ乗り込み、学校のある高岳町へと向かっていく。






「おお、さっきまで俺らがいた町よりもずっと大きいやんけえ!!!」


 建物の色は少年の先ほどまでいた島と同じ。しかし、建物の規模、人の多さ・騒がしさの規模ははるかに大きい。


 人。人。人。港から町の通りまで、人のいないところがない。


「あれ? 学校っていうのはどこにあるん? こんな建物たくさんあったら分からんわ!」


「いや、ね、ポンちゃん。学校っていうのはね、広大な敷地と建物がないとだめなものなんだよ。だから、こんな町中にあるんじゃなくてね、ほら、あっち見て。あの山の上にあるとんがった建物。あれが学校よ。」


「っしゃあ! はやくいこ!」


 走り出そうとした少年の腕をがっちりと掴むリール。


「ここから西に歩いていって、なっが~い山道を登っていかないといけないからね。さすがのポンくんでも体力もたないよ。」


 笑って少年を見るリール。出足をくじかれてしまった少年は、リールとともにゆっくりと西へと、学校へと向かうのだった。






 港から町を通り抜け、西へ。郊外へ。周囲には何もない。灰色の地面とそれを照らす太陽のみ。特に道も何も無い。


「うっわあ、何もないやん……。」


「元火山島だからね。火山灰で覆われてしまってるのよ、地面が。」


 火山灰というよりも、それがもう地面のようになっているのがこの一面の荒野である。二人は目的地へ向かって歩き続けるのだった。






 まるでろくろを巻いたような坂をひたすら上り。二人は目的地に到着したのだった。周囲から大きく浮く、白色の建物。その屋根は、遠くから見た通り、とんがっている。三角形ではなく、冠のような形状。建物の周囲を、白い石造りの外壁が覆っている。格子状の柵のように見えるように削られて。


 正面にある門から二人は中へ入ろうとすると、その向こうに一つの人影が。


「ようこそ、あらゆる人々に開かれた学びの園へ。研究者の最後の砦へ。」






「いっやあ、びっくりするわ、まったく。誰かと思ったらポーとはなあ。」


 椅子に座り、くつろぐ少年。初対面の頃とは違ってもうすっかりと打ち解けている。腹の中の島での出来事で、クーが少年を認めたからである。それからまだ数日であるがすっかり少年もポーを受け入れている。


「研究室から外見てましたら、あなた方がこちらへ向かって来るのが見えたんですよ。で、案内しようかなと思いまして、出迎えに来たんですよ。」


「僕に言ってくれていればちゃんとしょっぱなから案内しましたよ。ここに楽に来れるルートとかありますし、そういったことも教えてあげられたのですが。」


 そうにこりとして、少年とリールを自身の研究室で自身と二人に紅茶を淹れているところである。


「クーちゃん、普段ずっとここに篭ってるし、私が声かけてもだめかなあと思ってたのよ。な~んだ、言えば案内してくれたのね……。」


 溜め息をつき、そう言いながら、()れたての紅茶を受け取るリール。


「あ、これアップルティーね。茶葉はセイロンかしら?」


「さすがですね。正解です。ちなみに、これ、僕が着香したものなんですよ。」


「え、確か紅茶の製法って、失伝していているんやなかったっけ? なんでそんなもんがここにあるんやあ? しかもフレーバーティーやって!!」


 椅子から立ち上がり、びっくりを全身で表現する少年。本でしか見たことのない過去の遺物が目の前にあるのだからそうなるのも無理はなかった。


「それはですね、私が紅茶を復活させたからですよ。そして今日、フレーバーティーも復活させられました。で、これの製法はですね、……長くなりますからやっぱりやめときます。紅茶冷めちゃいますしね。」


 そう言いながら少年にも紅茶を渡す。


「うわあすっごいええ香りするやんか。林檎と、これが、紅茶の香りかあ!」


 少年は、一時期よく読んでいた、"失伝食道楽"を思い出していた。過去の時代に当たり前に存在した、技術を要する食についての本である。挿絵とその説明文を読むことでその今は無き食べ物によく心を馳せたものだった。


ごくり。


「うおおおおお、ほのやかな苦味の後に、林檎、林檎の味がするでえ! 濃縮された林檎の香りが鼻腔の奥から喉にかけてほんのりしっとり!」


 その一口の後、二口目で全部口の中へと流し込む少年。


「紅茶自体もまだ試作段階ですので、一般公開はしていませんがね。リールさんにはたまに試飲してもらっているんですよ。」


 このようなものを出されてリールがびっくりしなかったのはそれが原因であった。


「私は実家を出る前は頻繁に飲んでたのよ、フレーバーディー。私の実家すごい資産家でね。それで普段から飲んでたのよ、紅茶。だからここでたまにアドバイザーやってたのよ。」


 得意そうにそう言うリール。


『え、リールお姉ちゃん、いいとこのお嬢様なんかいなあ! あれ、じゃあなんであの船乗ってるんやろ? あ、釣り好きだから乗ってるんやな、きっと。』


 疑問は湧いて、すぐ消えた。


『あれ、お嬢様だったら親からの許し出ないもんなんじゃなないんか普通?』


 そしてまた湧いた。


「ポンちゃん、なんかここ来てからずっと難しい顔してるわよ。ここ来て驚くことばっかりだったみたいだけど、別にそう深く考えることなんてないんだから。私たちは研究者じゃないんだからねっ。」


 笑顔で、撫でるように少年の顔を覗きこむリール。


『リールお姉ちゃんのことやねんけどなあ。まあ、えっか。その通りやろうし。』


 少年はそうして少し落ち着くのだった。


「二年程前、たまたま紅茶の作成方法を再現することに成功しましてね。それからフレーバーティーも再現しようと今日までがんばってたんですよ。いやあ、成功して本当に良かったですよ!」


「いくら僕やポーや他の研究者の方々が飲んでおいしいと思っても、実際に本物を飲んだことがあるわけではないですから、再現できたかどうかは全く分からないんですよね。リールさんがいてほんと助かりましたよ!」


 少し普段よりも声が大きくなっているポー。少年はそんなポーを見て何か足りない気がしていた。


『そういえば、ポーちゃんおらんな。いつもクーにくっついてる筈やのにな。』


 辺りをきょろきょろ見回す少年。特にクーの周囲を頻繁に。


「ポーは、研究室にはいませんよ。今は下の階にある教室で授業受けてますよ。ポーはこの学園の生徒ですからね。」


『あれ、俺なんも言ってないんやけど!』


「さすがに分かりますよ。あれだけ僕の周り中心にきょろきょろ見てたらね。」


 少し口元が笑っているクー。


「ポンちゃん、そろそろ行きましょうか。あなたの目的は、研究室じゃなくて学校でしょ。学校で生徒気分を味わってみたいんでしょ。」


「この下にある教室に行くわよ。学校ではね、みんな教室でいろんなことを学ぶのよ。そこに行けばあなたが探してたポーちゃんもいるわよ。」


「あ、そうでしたか。引き止めてしまってすみませんね。ポンさん、教室行くんなら、あんまり他の生徒を驚かせないでくださいね。あなたいろいろ規格外ですから。」


「え、俺ってそんなびっくり箱みたいなやつなんか?」


「関わった人をびっくりさせるってことでなら、そうかもね。」


 少年の方を見て笑う二人。そして、リールに連れられて少年はクーの研究室を後にするのだった。

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