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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第?章 第三章 戦術者たちの淀み
348/493

---065/XXX--- 要は、時

 事態は連続している。離れていても、繋がっている。起こったことは、どこからともなく、変化を伝えてくる。


 見えなくとも、知覚していなくとも、どこかの誰かの何かが、今のここを大小問わず決定づける因子の一つとなるのは、世の常である。


 それが大きなうねりになる因子なのか、誰が故なのか。本来それは関係ない。ねらってやったか、ねらってやっていなかったか、それは想定通りなのか、想定外なのか。


 そして、ねらっての想定であるとするならば、それらの連なりを、策、と言うのだろう。






 水中からの爆発のような水柱。そんな遠くの揺れは、少年と老人の対峙たいじの場であるそこまで、わずかにだが、届いていた。


 揺れを、感じた。少年も、老人も。遠くから伝わってきた、かすかなそれを、感じ取っていた。


(っ! 来た、んか?)


 少年は判断に困っていた。リールが作戦を成功させたかどうか。それをこの目で確認できるのには、どうしても時間差が必要になる。リール自身が知らせにきてくれるのか、それとも、結果そのものがここまで伝ってくるのかで。


(けど、どう、なんや……? このじいさんはどこまで気づいてんるんや? 今、ぴくりと反応したってことは、俺と同じように、今の、感じ取ったはずや)


 長いようで、現実ではほんの一瞬の、他に意識を向けた少年の反応。


「今、ぴくりと反応した、のぅ。目論見は上手くいったのかのぉ?」


 それを老人は見逃してはいなかった。まるで、見透みすかしたかのようなことを言う。しかし、その中身は実のところ、見えない。ブラックボックスだ。らしく言ったようにも見える、しかし、知った上でてのひらの上で転げる様子を愉しんでいるかのようにも見える。


 一瞬の意識の焦点外れ。その間に、指揮を飛ばすことも、この老人にはできただろう。少年がそれに咄嗟とっさに反応できないなんてことはないが、切り崩しの序の口としては絶好のタイミングだった筈。だというのに老人はまるで、敢えてそうした風だったのだから。


 少年は、そんな、老人側も、何か大きなものをまだいくつか伏せている雰囲気を読み取り、不気味さを感じていた。


 これは魂胆こんたんの隠し合い。その上で相手を出し抜いて、ここを抜け出すかぎをどちらが先に手にするか。そう、少年も老人も、解している。





 どちらにも狙いはある。だからこそ成立している停滞ていたいだ。そして、その為に必要な”時”というのは一瞬のすきでは足りない程に実のところ大きかった。


 その場凌ばしのぎの”時”を長大にして手中に収めたがっていたのは、少年だけではないのだから。


「フォッフォッフォッ。愉快愉快ゆかいゆかい。熱持つ若造というのは、手玉に取るには極上よのぉ」


 余裕ぶって魚人に依然手を出させず、上から見下ろすように少年をいびる、いびる。少年はそれにギリリと奥歯を鳴らしながらえる。


(ええ加減、片、つけたるわ。散々びくびくビビらせやがって。俺は腹に風穴。まぁ、それはええ。取り返しがついた。けどなぁ、リールお姉ちゃんの手足は? シュトーレンさんの命は? ……。許す訳が無いやろぉ……。そう。俺だけの戦いちゃう。だから、まだや。待つんや。合図を)


 青いが故に、押し込めたはずの熱いものがこみ上げてきていた。


 じりっ。じりじりっ。


 それでも止まらぬたかぶりを数ミリずつの前進に変えて、こらえ切る。心はどんどん前のめりになる。体もそれに引きられがちで。


 当然だ。少年にとって、相手の種は割れているに等しいのだから。シュトーレンの献身けんしんによって、老人の遠大な知覚と、自由に手繰れる万能の糸に繋がった兵隊も、全て、今はろくに使えないのだ。おまけに、魚人たちの知恵に自発はなく、老人が飛ばせる命令も、状況をなぞったものには、知覚の外ではたりえない。


 相手が欲しいのは、この地での万能が自身の手に復旧する時間なのだと少年は確信していた。


 老人側とは違い、少年は、自身が攻めるタイミングは自由に決められるのだ。リールの工作の成功不成功は関係ない。多段であるようで、全てが依存関係という訳ではない、作戦。それが、少年とリールの策だった。最短でも最善でもなく、だからこそ、破綻はたんは、みは、最も遠い。そんな作戦。


(いつだってこちらから攻めれるんや。ベストを待たんでも、なぁ。けど、お姉ちゃんの言う通りや。勝ち筋が見えてても、辿たどり着けんかったら意味なんてあらへんのや)


 苛立いらだちは次々に浮かび上がってくる。増える青筋。増える歯ぎしり。それでも少年はとち狂いはしない。


 足は、止まった。やるべき事の為に、み止まった。


(なんとか、えれた。こっちはこっちで、やるべきことやっとかんとな。切り出すんや、そう、おっさんみたいに悪辣あくらつにっ)


 辿たどり着けなかったら意味はない。それは、自身に向けた言葉だった。そして、めた苛立いらだちを無駄にはしなかった。


じいさん。あんたに聞きたいことがある。もし答えてくれたなら、その数と質の分だけ、あんたが知りたくてたまらん、海の上の今を、教えたるわ。どうやぁ?」


(欲しい、やろう? だってなぁ、あんたは、俺らを即座に捕まえようとせえへんかったんやから。水が駄目なら、俺ら全員が建物に入ったとこで、数で押したらそれで終いやったんちゃうんか? 俺らに抵抗の手段も手掛かりも用意させんで、何も分からんうちに望みを手にできたんちゃうんか? そうや。あんたは、体は奪えても、知識を奪う術は持ってないんや)


 そう少年は切り出し、にぃぃと、悪人面で笑ってみせた。

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