---064/XXX--- 目論見は隔たって
ブゥオォゥゥ、ズザァァァブゥゥゥゥ、ズブゥゥゥウオオウウウウ、ズゥ、ズィィッ、ズザゥゥゥゥゥゥッッッ――
(見つけて、すぐ、行くからね!)
ズブゥゥゥウオオウウウウ、ズゥ、ズゥゥ、――
もう、痛みも冷えも感じないの。麻痺した磨耗した手でも、止める気になんて微塵もなれなかったから。
そして、とうとう――指先は、可能性に、届いた。
ズゥゥッ、ズゥゥゥンン、ズ――こぉん!
(あっ!)
自身の左手である義手が、砂の中の硬い何かとぶつかる音が、義手越しに伝わってきて、リールはより機敏に掘り始める。
ブボォン、ブブォオン、クコォォ、ブボォン——
やがて、それの輪郭をなぞるように、砂を泥を、剝がし、散らし、それが流れ、顕わになった。
半径5メートル程度の、白銀色の、蓋。そして、うねりながら下へと伸びている、同じく白銀色の、筒。蓋周辺から深さ2メートル程度までしか掘れていないが。それ中心の蟻地獄風に、中心から径を大きく取るように掘ってそれが限度だった。
どうしてか、掘れない。掘り進めても、間隙は掻き消えるかのように一瞬で埋まる。その一堀りなんてなかったかのように。
だからリールは、拘りそうになるのを踏みとどまり、ならば、と蓋に焦点を合わせる。
(蓋は、)
「プククククククク(フンンンンンンンンンッ)、……」
(駄目、ね……。今の私で無理ならポンちゃんでも無理。二人でやっても、きっと駄目……。ポンちゃんの言った通り、あの箱が角潰れず余裕で通れる、丸い通り道、確かにあったわ。間違いなく、これ。けど……、これじゃあ、次へ、いけない……。どうやって、こんなの開けたらいいのよ……)
思考が激しく空気を消費させていた。
ブゥオウ、スィン、スィン、ブォゥゥゥ、ザバァァァァンン!
「ふぅ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
海面から顔を出し、大きく息を乱しながら、リールは周囲を見渡す。
リールは気配に気を配ることだけからは、気を決して抜かないようにしていた。警戒は、無意識に、しかし鋭く迸り続けている。
「……」
当然のように、海の中に魚人共はおらず、砂浜にすら一体も見当たらない。砂浜は依然、スターゲイザーフィッシュの地雷原。隠れる場所なんてない。ここまで向かってくるには、大回りに迂回する他なく、それは足に波が触れる距離。
少年から聞いて受け入れた予想、魚人たちは魚の外見であるにも関わらず、水を恐怖する、に加え、スターゲイザーフィッシュへのあれらの先ほどの怯えよう。
あれらは、恐怖に酷く弱い。つまり、いない、と断定して問題ない、とリールは結論を変えなかった。
(水がここに猛烈な勢いで流れ出す音と揺れが、自然と、合図になる。その手筈だったけれど、これじゃあ無理、よね……。他の道を、探るしか、ないわ。……、まだ、時間は、ある、ある、筈、なの……。ポンちゃんは、私みたいには、弱く、ない……)
そうして浜辺の方を向いた。
リールは浜辺へと引き返し始めていた。水位は膝少し上辺り。もう、泳ぎ進むというより、歩いているかのような風。もう少しで、水の外。
ザバン、ザバン、ザバン、ザバン——
リールは考える。駆け出したい気持ちは一杯ではあるがそれに意味はないどころか、消耗するだけだからと、代わりにうぅんと考える。
(じゃあ、どうすべき? 決めてないわ、そんなこと。だって、そんな時間なかったもの。穴があるなんてわかりきってた。けど、それを疑って動けなくなるのが一番怖かったんだもの)
ザバシャ、ザバシャ、ザバシャ、ザバシャ——―、ぷおん。
(……。『ぷおん』?)
それはどうしようもなく嫌な予感をリールの頭に抱かせる。足裏から伝わってくる弾力は、徐々《じょじょ》に、しかし、確実に大きくなり始めていた。
(っ……!)
恐る恐る、リールは目線を、自身の今の右足である、義足となっている踵と足裏へと下げる。するとそこには——膨れ始めたスターゲイザーフィッシュが、いた……。
足裏から、感触と共に、音が、伝ってくる。
ブゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ、ゥウウウウウウウウウウウ――、
反応が遅れたのは、踏み、噛まれ、食らいつかれていたのが、義足故に。そして、そんな相手は水の中。仮にもモンスターフィッシュ。それに、膨張はもう、水と足の重さをはじき返すほどに力強く進んでいて、おまけに、膨らんでいくごとに、リールのバランスは崩されてゆく。水の中で、空気の入ったゴムボールが、勢いよく浮かび上がらんとするかのような浮力によって。
そして、その速度は早く、もう、膨張は止まらず、既に、為す術なんてなく、
ブゥオウアシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
大きな大きな、水柱が、爆発のように、吹き上がった。




