---063/XXX--- 脆い彼女の杖なる寄る辺
リールは、愚直に、必死に、海水の下、泥を掘る。波打ち際は小さく見えるほど遠くなって、海側へ、どんどん、泳ぎ進み、とっくに足なんてつかない深さで、何度も、浮かび、潜り、沈んでゆく。
(早く、早く、……っ)
また、切れた息。
ゥオンゥオンゥオン、ザバァァンン。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、――はぁ、はぁ、はぁ、すぅぅ、はぁぁ、すぅぅ、……」
海の上へ顔を上げ、大きく何度か息を吸って、陸を見すらせず、潜る。
ブォンン、ゥオンゥゥンゥゥン――
激しく取り乱している訳でもないというのに――余裕なんて、とうに、尽きている。慌てふためく元気すらない。それでも、止まらず、動き続ける。
(止め――ない。諦めて、たまるもんですか)
ズッ、ボォォォォンンン、ブゥオン、ザッ、――
潜り、もがくように、探る。
潜って、浮上して、また、潜って、というのを何度も何度も繰り返しているうちに、
(あるの、本当に……?)
心を占めてきたのは、不安から来る疑念だった。もう、気すら、張れなくなってきていた。とうの本人はそのことにすら、まだ無自覚だった。
ザァ、ザスゥゥゥッ、――
(いや、あるわ。そうじゃないとおかしいもの)
まだ動けている。まだ。何とか、動くだけの力も意思も、宿っている。けれどそれは、いつまで保つのだろう?
ザァ、ザスゥゥゥッ、――
(けど、けれど、その穴は、私たちを通してくれる、大きくて、棘のない、未来に続く通り道、であってくれるの……? ちゃんと、出口になってくれているの……?)
リール自身も、それを気づきそうになっていた。
(……。嫌……。嫌、よ……。そんなの、嫌よ……)
それでも、まだしがみつくように、そこにある筈だと、活路を探し続けることをやめなかった。
ザァ、ザスゥゥゥッ、――
手は、泥砂を裂く。
そう。泥砂。砂浜である筈の場所にある、泥砂という相それないもの。つまり、そこに異物があるという証。
全くの空振りであると断定できないだけの、留ってそこで探し続けるだけの、理があった。自覚してはいなくとも、無意識に気づいている。それが今のリールを、縛っている。
拘泥させられている。視野は狭く狭く閉じ、頭の中で、思考は乱高下する。
割り切った上での落ち着きようも、悲嘆に暮れる気分も、取り乱し慌てふためくさまも、決してそれら単独でずっと続く訳ではなく、波のように、切り替わり、移ろっていた。マイナスという共通点でそれらは一続きだから。種類を変えつつも、本質は変わらず、感情の方向性は持続する。リールの気質だった。
そして、そろそろ、割り切った落ち着きから悲嘆へと流れるところだった。
少年たちを運んできた経路。入ってこれたということはある筈だ。恣意的に、選択的に、箱ごと三人を通した経路が。あとはそれが、出口としても恣意的に使用できるものであるかどうか。そればかりは、見つけ、試してみないと分からない。
(でも、もう、それくらいしか、希望は、ないのよね……。縋るしか、無いのだから……)
ぎゅうう、と胸が締め付けられる。圧を感じるのに寒くなる。
(けど、けれど――)
それでも――どうしても折れられない理由があった。自分一人なら折れてよかった。けれど、違う。
(ポンちゃん……)
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見つけた、かけがえのないもの。私がこれまでの尺度で大切なもの、としたものの、一段か二段、上。どれだけ意地を張っても、どれだけ足掻いてでも、みっともなくても、失いたくない、と私の中で決定付けられたもの。
最初は、これまでの尺度程度の大切なもの、候補、といったところだった。すぐさま、大切なもの、に変わった。けれど、一端は他と天秤にかけざるを得なくて、いや、私は自ら、天秤にかけて、捨てたのだ。
けれど、これまでのあらゆる全てと違い、足掻きに足掻いて、それは、その人は、その子は、手を、差し伸べてくれた。
いや、差し伸べてくれただけじゃない、そこから一歩、二歩、三歩、諦めに堕ちてゆく私を、掴み、救い上げてくれた。こっちから払いのけたのに、それでも、そんな、私を……。
ギリリ。
私は酷い女だ。どうしてこんなに身勝手なのだろう。どうしてこんなに、私は不幸だと、大袈裟に言ってしまうのだろう。私は何も悪くない、とでも言わんばかりに。
だから――シュトーレンは、死ぬ。
それは、私の行動が招いた。悲しかった。泣くほど。自分のせいだと心から思って、心の底から自分を責めてしまえるくらいに。100%私のせいだって。けれど……、それでも、あの時程には悲しくなかった。
ポンちゃんと二度と会えないと思って勝手に離れていったあの時程には。やっぱり。やっぱりなんだ。やっぱり、そうなんだ。
私は――ずるくて、薄情なんだ。
……ギィィッ。
嫌、だ!
ブゥォオ、ブゥオォゥゥ、ズザァァァブゥゥゥゥ、ズブゥゥゥウオオウウウウ、――
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