第二百八十二話 未だ見ぬ結果へ、並び立って果て無き先へ
「表でも裏でもなく、横? 立って、るじゃないですか」
そう座曳が驚いた表情で言うと、
「こういうこともあるということだ。どちらも外した、と取って構わないか?」
落ち着いた調子でそう言われたので、
「……、ええ」
つい、そのまま頷いてしまった。
「どちらも外した。しかし、どちらも当てていない。だから、保留ということでいいだろう? もし俺が口にしたような状況になったとき、俺はそのときになってどうするか考えることとするさ」
そうやって勝手に決められた。
(わざとやってみせたのは確か。そういうことは絶対にしないタイプだと思っていましたが、やるときはやる、ということなんでしょうか? しかし、別に不都合を被ったという訳でもないですからねぇ。許容範囲です。寧ろ、そう言って、白紙に戻してもらえるだけこちらとしたらありがたい訳ですが、さて……どうなんですかね、本当のところは?)
「え……、えぇ。そうして貰えるならありがたいですね」
今一つ意図が掴めず、戸惑いつつも座曳がそう言うと、
「付き合わせて悪かったな。じゃあな、座曳船長。少し眠ることにする」
そう切り出され、話は終わりとなった。入ってくる光は明るく白い。もう、いつの間にか日は、昇っていた。
シリル・キャラックの所を出て、そこは、外。
ゴォォォォォォォォ
潮風が吹く。
ザァァ、ザァァァァァ、
波が打ち寄せる。
まだ少し暗いながらも深く青い空と日の出の光浴びて輝く海。水平線が広がっている。島の淵を囲う、覆いのような、岩でできた鳥籠のような遠大な縦檻の枠の広々とした隙間から向こうへ。
そこからここへと、潮風が吹き抜けるている。もうそこは薄暗い海の底ではない。海の底では、閉じた檻の如きだった、都市を覆っていたドームのような岩の天蓋は骨組みになるかのように抜け、光と青と風が、駆け抜ける。
この場所、海の底の元・都市はこの島の中心かつ、一番の高台。そして、周囲はそう凸凹もなく一様に低くなっているため、周囲一帯よく見渡すことができる。
浮上した島。だから山肌から見える本物の海と空。だからこそ、胸は高鳴る。
そこはもう、海よりも上。決して地の底の引き篭もりではないのだ、と。
浮上した島と果て無き地平線。海岸線のところどころに臨時的に作られた木の埠頭と、繋ぎとめられている、他からやってきた交易船やモンスターフィッシャーを乗せた船。はるか遠くとはいえ、まだ相対的に近くに位置するどこかの島の交遊求めてやってきた船たち。
島の大きさは、都市の数倍程度はあった。そして、その周りを、同じように、巨大でありつつも、細くすかすかな縦格子で、アーチのように、幕の張れれていないドームのようになっている。
東西へと、そして、東の端が北へ長く、西の端が南へ少しばかり短くのびたような形をしていた。東西に数キロどころか数十キロ続き、縦にも横にも、端はそれぞれある程度長い。そして、島の淵から淵へ、岩の骨組みの縦アーチが隅々まで掛かっている。
そして、周りに、離れていくつか同じように、ざっと見えるだけでも十数個程度の数の大小様々な島があるようだ。どれもここよりは小さいが。どれもこれも同じように、籠の役割なんて果たしもしないような縦長で、広い間隔と隙間の、岩のアーチで覆われている。
都市の外、低地にもところどころ街らしきものが点々と広がっていて、予め、そういう風に開発されて、準備されていたということは明らかだった。
(おっ! また、来ましたか。良いことです)
今また一つ。船がこの島へ到達したらしい。場所は北の端。
次々と訪れる者たち。浮上そのものが報せの意味を含んでいたからこうなっているのだ。
浮上した島。その表面積質量故に発生した、島を中心とした大波。遠くへとそれは、新たな島の存在を伝えた。なみのきた方向。遠望すればそこには、その波の前まで見る影もなかった島影が現れるのだから。それも、明らかな人工物的な岩肌の加工による、島をぐるりと、船が通れる程に広い間隔の開いた縦格子状に覆うアーチを伴って。
島の子供達の手伝いに、座曳の船の船員たちも駆り出されていた。船が直り、ここにいるまでのあいだにだけであるが。何人か残るものたちも出るかもしれない。ここは新天地としてもかなり、あり、だ。
王があらかじめしていた準備故に、そこは、独立を保ったまま、数ある、文化と民と領土の集合した共和の域として存在を始めたのだ。
大半の交渉事は、移民の受け入れ。島は広さに見合わないくらい定住者は足りない状況。誰もが躍起になるものだ。危険を承知で、モンスターフィッシャーでもない者たちが、海を出て、ここへ向かってきている、ということなのだから。
彼らの成功率、死亡率が低いのは、どうやら、この海域付近に現在はモンスターフィッシュの類は殆どいない状態であるかららしい。
浮上の際の波が払ったのか、浮上の時に他に何か仕掛けが施されていたか。子供たちも、王から何もそれについては聞かされていなかったため、真相は確かめようもない。
「腕が、鳴りますねぇ」
そう、座曳はぼそり、と呟いた。
この島の子供たちだけでなく、座曳自分にも、大きな仕事がある。彼らとは別のものではあるが。
「旅の仲間を、集わなければ、ですね」
仲間が足りない。臨時でもいい。集めなくては。その行為は別に、彼らの行動・利益とは実のことろ相反はしない。座曳の船に、この団の船に、乗ろうとしてくるような奴らに、そう半端な定住願望なんてある訳がないのだから。
「大仕事です」
猶予は、船の再生の完了と、それに並行した装備の選定と積み込み。そして、彼女が目を覚ますまで。早ければせいぜい数日。遅くても、1ヶ月といったところ。そう座曳は見積もっていた。
それは、船長としての船長らしい、はじめての真っ当な仕事とも言える。
「忙しく、なりそうです」
にぃぃ。そんな風に、自然と口元が綻ぶ。
「浮上した、島。アルプス島群、最大地、モンブラン島。それがここの名前よ」
そう、彼女が、今、言った。
「結、起きたのですか。具合は如何です?」
起きた彼女が出てきていて、気づかないうちに隣に佇んでいたようだ。
「心地良い目覚め、かしら。仲間探し、私もついっていっていいかしら?」
どこから聞かれていたのだろうと少し気恥ずかしくもなるが、彼女が隣でこれからもこうやっていてくれるのだという嬉しさが座曳の中で、勝った。
「是非、お願いします」
だからそう微笑んで答えて、
(私たちの旅は、ここから始まるのですね)
座曳は再び海の方を見る。彼女も同じようにそうした。自分たちの旅路はまだ始まったばかり、いや、今からここから始まるのだと、岩の縦淵の向こうの、明るく晴れ渡った水平線を眺めるのだった。
第二部完




