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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第二部 第四章 託すに足る相応しき者たち
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第二百七十五話 相応しき

「そういう立場に在る者としての見る目も持っている、といえるようだな。そんなお前でこれからも在ることができるのならば、そこで寝ている男の代わりが務まるであろう。せいぜい励むといい。その男の為に。本望であろう?」


 相手が口にしたのは喜びの言葉でも感謝の言葉でもなく、餞の言葉だった。身より実ということだ。相手は徹底してそうだった。ガタイの良い少年にはもう分かっていた。男が自分たちを殺さなかったことは、それが男にとって害も無いが、何の利益も生まないからだ。男は何か、座曳や結に伝えたいことがあった。それは、直接男が口にしても、恐らく余り意味がなく、だからこその、活かす為に生かされただけなのだと。


 それはほんの些細な天秤の傾きでしかない。男にとって、自分たちが脅威とは余りに程遠かったが故に成立したのだろう、と。


 そんな思考が、返そうとしていた言葉を洗い流してしまって、結局、綺麗に締めることはできなかった。


「言葉も出ぬか。仕方あるまい。そういうたちなのだろう。その立場故にそれは決して悪いことではない。私が許す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ペタッ、ペタッ、ペタッ、


「その前に、静寂が必要だ。欠けがあっては堪らぬからな」


 すぅっ、ぴたり。


 踊り狂い続ける結に男は手を伸ばし、その額を優しく鷲掴むように覆う。すると結の動きはぴたりと止まり、


「無為に踊るのを止め、暫し、眠るといい」


 そう男が言って手を放すと、結は、


 フゥオッ、がくん。


 またゆっくり回転を始めたかと思うと加速することなく、ふらっとぶらついて回転を止め、首をかくんと項垂れて、ゆさりと倒れる。 


「これで二人共沈黙した。暴れられては治癒もできぬだろう? それにこの二人には今は未だ生きて貰わねば困るからな。言伝を耳にする前に死なれては私のこの苦労は無為な徒労に成り果てる」


 そして、男はガタイのよい少年の方を向いた。


「こう、言伝て欲しい。『北の地。我が領地、地の底、今となっては世界唯一の氷原。その中枢に聳える城にて待つ』と。他の者に伝えるかどうかは二人に決めさせるとよい。が、お前に判断する資格は無い。それだけだ。では、私は征く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、な」


 そう言われ、戸惑う。座曳は目を覚まして、傷が癒えたらきっと、この男を追うだろうと目に見えて分かっているから。釘は刺された。しかし、できる限り座曳の為に情報を集めるべきではないのか、と。


「ま、待てっ……」


 気持ちが定まるより前に声が出た。しかし、そうなってしまったということ自体がもう答えでもある。


「何だ?」


 男はそう冷たく尋ねるが、


「……」


 ガタイの良い少年はそもそも何を聞くべきか、全く思い浮かばなかった。頭の中はぐちゃぐちゃだ。元から余裕なんて無かったのだから。こうやって、少し緊張が緩んだが故に、これまでは負荷のお蔭で何とか形と方向性を持っていた思考が崩れたのだから。


「それを愚かとは、私は断じたくはないな。お前のその無言も、ある種の言葉と取ることもできるのだから。だから、一つ、褒美をやろう。お前だけに向けた褒美ではないが、お前が確実に喜ぶことができるだろうと私が予想できる手札は今、これだけしか持ちあわせてはおらぬ」


「……」


 今度は、まるで意味が分からないからの沈黙。


「忘らるる知識の墓標で此処を終わらせたくは無かろう?」


「……」


 言葉の意味そのものは今一つ分からないが、意図は見えた。だから、頷いた。


 こくり。


「此の地の亡失を今、解こう。我資格有りし者。彼の地よりこの地へ。人界への回帰、赦そう。我が名、 に於いて。此の地は、嘗て、世界最高峰の峰であった。今此の場所は亡失からその誉れを取り戻す。本来、私の役目では無いのだが、な」


 と、男は、ガタイの良い少年の胸元の座曳に視線を向けていた。


「そこの男も此の地の回帰の資格持ちし者ではあるが、この様子ではその口伝は遺失しておろう。それに、その男は今は継がぬことを選んだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()


 今一つ分からない流れで自身のことが出てきたので、『俺?』とでも言わんばかりにガタイの良い少年は自分を指差し尋ねるが、男はそれには答えなかった。勝手に一方的に話を進めてきた。


「仮初めか真なるかは未来のその時が定めること。しかし、仮にも我が位階にお前は並ぶことになるのだ。なら、もう、友宣を結ぼうではないか。二度と会うことはないとはいえ、血ではなく純然たる資質と築いた才故に選び、立ち、行動したお前を、我は心底、称賛したく思うのだから。望まぬかも知れぬが、手を。悪意は無いと分かるであろう」


 すっ。


 差し出された、男の右手。


 言っていることの意味は相変わらず分からなかったが、その手の意図は明らかだ。明らかだ。こちらの手を求めている。そこに悪意の類は無いことは明白。だからガタイのよい少年は、何も言わず、不審を浮かべることなく自身の左手を、男の差し出した手へと伸ばす。


 ガシッ。


 握ってきたのは、男の方。


「では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、祈ろう」

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